小さじいっぱいのマボロシ(4)
「犯人?ただの家出娘捜しじゃないの?」
「ふふん。まあ、犯人、と言うには語弊があるか」
「ああ、お母さんが嫌だから家出してるのにってこと?」
「うーむ」
イザマは深くうつむいた。
「もうなんなのよ!むかつくなあ」
高梨は、タタン、と地団太による小気味よいステップを奏でた。
「そうだな。君は色の無い部屋で生活した経験はあるか?」
「はあ?なに?回りくどいのよ。こっちが面倒くさいよ」
「ふむ。では、娘さんの携帯電話を持ってきたあの母親を、君はおかしいと思わないのかね」
「でも、置いて出て行ったんでしょ?」
「うむ、しかし、娘さんは学校に行ったっきり帰ってきていないとも言っていただろう?ということは学校を出て行く前、朝から携帯電話を置いていったんだよ。なぜ携帯電話を置いていく必要がある。わざわざデータを消去してまで置いていくぐらいなら、電源を切って持ち歩いた方がいいじゃないか。娘さんの行動は、発作的な行動にしては計画的過ぎるし、計画的な行動にしては発作的過ぎる」
「ふふふ」
高梨はいたずら妖精のような薄笑いを浮かべた。
「うん?」
「なんでもありませんことよ」
「既に何かある言い回しだが」
「いいから続けなさいよ。そうだ、母親が娘の家出、というか失踪?に関わっているならなんでわざわざ警察はおろか探偵まで雇おうとするのよ?おかしいでしょ普通」
「ふむ。そりゃそうだ」
「当然、こっちに非協力的ってこともないわけでしょ?」
「むしろ進んで色々見せてくれたよ。包み隠さずな。今だって彼女の協力で不審者2名が治外法権の花園に向かうところだ」
「不審者はあんただけだ。で?」
「で?と、言われてもなあ。別に確信に至ったわけじゃなし。でも、なんだかこの件はとてもシンプルなラインに誰かが安っぽい文句で無粋な虚飾を施したかのように感じてならないんだよ」
イザマの目はどんよりと宙を見つめている。
「その誰かが母親だと。ふん。登場人物が探偵と助手を含めて三人なら、推理小説の犯人当ても簡単ね。そもそもただの家出でしょ?年頃の娘が、よくある話じゃない。あのおばさんキャラ濃いし」
「なるほど。確かにその通りだ」
「あらら」
「しかしなあ」
「ケータイだってさ。データなんか簡単に保存して移せるし、今までに何度か警察に届けを出されてるなら、警戒もするわ。電波で捜されちゃうんじゃないの?そのぐらい考えるんじゃないの?」
「おお。それは思いもよりませんでした」
イザマは抑揚なく言った。
「あんたさあ、私をバカにしてるわけ?」
むっとした高梨は顔の横の髪を口にはんだ。
「む、髪の毛傷むぞ」
「ほっとけ。切る。もう切る。今日切る。ぐだぐだに切り裂いてやるんだから」
うら若き乙女がその艶の色濃い髪を切り裂くと言うのに、ふうん、と呑気な相槌を打つイザマ。
「さて、では登場人物を増やしに行くかね」
「はあ。行きたくないなあ。絶対、おばさん扱いされる。ところで、学校ってどこなの?」
「朗報だ」
高梨の質問にイザマはせせら笑うように答えた。
「は?」
「娘さんの学校はD学園。知ってるだろ?ここからなら自転車で、大手町方面にまっすぐ進めば嫌でもわかる。良かったじゃないか。立ちこぎし続けて30分ってところだ」
「はあ!?」
「探偵は小回りが肝心だよ。自転車で向かうといい。都内は自転車で充分だ」
「汗まみれ…汗臭(あせしゅう)…汗臭」
高梨の口から漏れだした言葉は、無意識なのだろう。
「…タクシーとか、公共交通を利用してはいけないのですか!?」
「君はそのお金を誰が払うか知っているのか?母子家庭である原田親子の肩を持つなら、節約しなさい」
先程、敏子にタクシー代を払わせた男の発言とは思えない。
「はぁあ。もういいわ。いいわ。いいよもう。振り乱れて行って、色んなもの振り乱したババアが学校に向かって新たな七不思議に加わってやるわよ。夏汗臭ババアよ。体洗ったばかりなのに。はあ。だけど、だけどあんたもチャリンコで行くんでしょうね!?」
「おれは原付で行く。免許を持ってるからね」
「ひどくない?それひどくない?」
「暑いし」
「おい!」
「日焼けするし、おれは肌が弱いんだ」
「おい!立場逆だろ!」
「大体、頭脳労働と肉体」
「おい!いい加減に」
ふふん、と鼻を鳴らしたあと、イザマは少し真面目になって、
「まあ、寄るところがあるんだよ。大した用事じゃないがね。しかし、時間的に学校でぴったり落ち合うことになるだろう」
と、言った。そして、ここで終わっておけばいいだろうに、
「しかし、君がそんなにまでもおれとサイクリングに勤しみたいとは、気付かなかったなあ」
「いい加減にしろ!」
乙女の悲痛な叫びは、えんぴつビルの階段を伝い、地上口までこだました。
娘に関する必要な情報を写真の裏に書き込むと、「何か知ったら速やかに連絡すること」と言い残し、イザマは階段を降りていった。高梨はジャケットを着込むかどうかしばらく悩んだ。
イザマの寄るところとは、原田の家からの最寄り駅だった。いや、駅ではない。駅前の交番に用があった。
「ああ、すみませんね。ちょっとお訊きしたいことがありまして、昨日、ここいらでずっと何かを見張っていた太めのおばさんを見ませんでしたか?」
この問いに警官は、ああ原田さんね、と答えた。そして一日中、朝方まで立っていた旨を告げた。
「ああ、というと、うちの原田は、有名人、のようですね」
お宅は誰?つい、むざと個人的な情報を吐露してしまった警官はその言葉を呑み、毎回のことですからねえ、と答えた。イザマはコンビニで買った様々な飲料を陣中見舞いと称し、渡すと、
「ご迷惑と思いますが、ひとつよろしく」
と、言って交番をでた。交番を出ると携帯電話が震え、画面に「ここがどこかすらわからない」とだけ、殺風景な野原のように表示されたが、イザマは黙殺して、D学園へと向かった。
イザマがD学園に着いたのは、事務所を出て45分が経過したところだった。下校する生徒達がまばらに現れ、駅へと続く道に吸い込まれていく。正門前で原付を降りると、その時、ちょうど息せき切らし、毛の生えた部位をぐっしょり濡らした高梨が現れて、イザマを睨んだ。ママチャリのかごにはぞんざいにジャケットが詰め込まれていた。正門から見える校舎の中央に据え付けられた時計の針は4時半を指し示している。
「とりあえず、受付だな。おれは担任に話を聞いてくる。君は早速彼氏彼女らに訊き込みを開始してくれ」
「私は、はあ、受付しなくていいの?」
うつむき、日陰を求める高梨にイザマは、
「透明なグローブで隠し玉をする奴はいまい」
と、告げた。
「ああ、そうだ。思い出した。いいか、男はネクタイのモザイクが紺、女はスカーフの色が赤紫、それが高2だ」
「はあ。今更になってそんな重要なことを、落ち合えなかったらって…なんでそんなことを?まさか…あんたみたいな人間が校舎に入っていいわけ?」
「何をまさかと思ったか、考えたくもないが、原田さんから聞いたんだ。勝手に喋ったと言った方が正しいが」
そう言うとイザマは、ふふん、と笑った。
何か知ったら連絡を、どんな小さいことでもいい。そう言って原付を押して校内に入って行くイザマに高梨は小さく、「お前は連絡くれなかったくせに」とつぶやいた。
敏子からの連絡がしっかり通じていたようで、イザマはすんなりと来賓室に通された。来賓室は六畳程のこじんまりとした部屋だった。イザマは腰深く、やつれた革張りの椅子に座った。
「お待たせしました」
満面の笑みを浮かべ現れたアカリの担任は、油断したコソドロみたいな顔をして、いなたい洋品店のマネキンのような格好をした30代後半と見受けられる中肉中背の男だった。
「こちらこそ、お手間をかけまして」
イザマは立ち上がり、軽く会釈をした。担任は何を思ったか握手を求め、イザマを辟易させた。
その頃、高梨は校門前で、イザマの情報通りの生徒を捜していたのだが、通り過ぎ行く生徒達が皆、さようなら、と挨拶してくることに、これまた辟易していた。礼儀のなっている学生達だけど、如何せんこうも挨拶されるとなあ、しかし、その生徒達の挨拶は高梨の後ろにいて、植木の整備をしていた用務員に対して行われていることにはたと気付くと、高梨は所在なさげにふらふらと自転車に乗って駅方面へと向かった。
続
「ふふん。まあ、犯人、と言うには語弊があるか」
「ああ、お母さんが嫌だから家出してるのにってこと?」
「うーむ」
イザマは深くうつむいた。
「もうなんなのよ!むかつくなあ」
高梨は、タタン、と地団太による小気味よいステップを奏でた。
「そうだな。君は色の無い部屋で生活した経験はあるか?」
「はあ?なに?回りくどいのよ。こっちが面倒くさいよ」
「ふむ。では、娘さんの携帯電話を持ってきたあの母親を、君はおかしいと思わないのかね」
「でも、置いて出て行ったんでしょ?」
「うむ、しかし、娘さんは学校に行ったっきり帰ってきていないとも言っていただろう?ということは学校を出て行く前、朝から携帯電話を置いていったんだよ。なぜ携帯電話を置いていく必要がある。わざわざデータを消去してまで置いていくぐらいなら、電源を切って持ち歩いた方がいいじゃないか。娘さんの行動は、発作的な行動にしては計画的過ぎるし、計画的な行動にしては発作的過ぎる」
「ふふふ」
高梨はいたずら妖精のような薄笑いを浮かべた。
「うん?」
「なんでもありませんことよ」
「既に何かある言い回しだが」
「いいから続けなさいよ。そうだ、母親が娘の家出、というか失踪?に関わっているならなんでわざわざ警察はおろか探偵まで雇おうとするのよ?おかしいでしょ普通」
「ふむ。そりゃそうだ」
「当然、こっちに非協力的ってこともないわけでしょ?」
「むしろ進んで色々見せてくれたよ。包み隠さずな。今だって彼女の協力で不審者2名が治外法権の花園に向かうところだ」
「不審者はあんただけだ。で?」
「で?と、言われてもなあ。別に確信に至ったわけじゃなし。でも、なんだかこの件はとてもシンプルなラインに誰かが安っぽい文句で無粋な虚飾を施したかのように感じてならないんだよ」
イザマの目はどんよりと宙を見つめている。
「その誰かが母親だと。ふん。登場人物が探偵と助手を含めて三人なら、推理小説の犯人当ても簡単ね。そもそもただの家出でしょ?年頃の娘が、よくある話じゃない。あのおばさんキャラ濃いし」
「なるほど。確かにその通りだ」
「あらら」
「しかしなあ」
「ケータイだってさ。データなんか簡単に保存して移せるし、今までに何度か警察に届けを出されてるなら、警戒もするわ。電波で捜されちゃうんじゃないの?そのぐらい考えるんじゃないの?」
「おお。それは思いもよりませんでした」
イザマは抑揚なく言った。
「あんたさあ、私をバカにしてるわけ?」
むっとした高梨は顔の横の髪を口にはんだ。
「む、髪の毛傷むぞ」
「ほっとけ。切る。もう切る。今日切る。ぐだぐだに切り裂いてやるんだから」
うら若き乙女がその艶の色濃い髪を切り裂くと言うのに、ふうん、と呑気な相槌を打つイザマ。
「さて、では登場人物を増やしに行くかね」
「はあ。行きたくないなあ。絶対、おばさん扱いされる。ところで、学校ってどこなの?」
「朗報だ」
高梨の質問にイザマはせせら笑うように答えた。
「は?」
「娘さんの学校はD学園。知ってるだろ?ここからなら自転車で、大手町方面にまっすぐ進めば嫌でもわかる。良かったじゃないか。立ちこぎし続けて30分ってところだ」
「はあ!?」
「探偵は小回りが肝心だよ。自転車で向かうといい。都内は自転車で充分だ」
「汗まみれ…汗臭(あせしゅう)…汗臭」
高梨の口から漏れだした言葉は、無意識なのだろう。
「…タクシーとか、公共交通を利用してはいけないのですか!?」
「君はそのお金を誰が払うか知っているのか?母子家庭である原田親子の肩を持つなら、節約しなさい」
先程、敏子にタクシー代を払わせた男の発言とは思えない。
「はぁあ。もういいわ。いいわ。いいよもう。振り乱れて行って、色んなもの振り乱したババアが学校に向かって新たな七不思議に加わってやるわよ。夏汗臭ババアよ。体洗ったばかりなのに。はあ。だけど、だけどあんたもチャリンコで行くんでしょうね!?」
「おれは原付で行く。免許を持ってるからね」
「ひどくない?それひどくない?」
「暑いし」
「おい!」
「日焼けするし、おれは肌が弱いんだ」
「おい!立場逆だろ!」
「大体、頭脳労働と肉体」
「おい!いい加減に」
ふふん、と鼻を鳴らしたあと、イザマは少し真面目になって、
「まあ、寄るところがあるんだよ。大した用事じゃないがね。しかし、時間的に学校でぴったり落ち合うことになるだろう」
と、言った。そして、ここで終わっておけばいいだろうに、
「しかし、君がそんなにまでもおれとサイクリングに勤しみたいとは、気付かなかったなあ」
「いい加減にしろ!」
乙女の悲痛な叫びは、えんぴつビルの階段を伝い、地上口までこだました。
娘に関する必要な情報を写真の裏に書き込むと、「何か知ったら速やかに連絡すること」と言い残し、イザマは階段を降りていった。高梨はジャケットを着込むかどうかしばらく悩んだ。
イザマの寄るところとは、原田の家からの最寄り駅だった。いや、駅ではない。駅前の交番に用があった。
「ああ、すみませんね。ちょっとお訊きしたいことがありまして、昨日、ここいらでずっと何かを見張っていた太めのおばさんを見ませんでしたか?」
この問いに警官は、ああ原田さんね、と答えた。そして一日中、朝方まで立っていた旨を告げた。
「ああ、というと、うちの原田は、有名人、のようですね」
お宅は誰?つい、むざと個人的な情報を吐露してしまった警官はその言葉を呑み、毎回のことですからねえ、と答えた。イザマはコンビニで買った様々な飲料を陣中見舞いと称し、渡すと、
「ご迷惑と思いますが、ひとつよろしく」
と、言って交番をでた。交番を出ると携帯電話が震え、画面に「ここがどこかすらわからない」とだけ、殺風景な野原のように表示されたが、イザマは黙殺して、D学園へと向かった。
イザマがD学園に着いたのは、事務所を出て45分が経過したところだった。下校する生徒達がまばらに現れ、駅へと続く道に吸い込まれていく。正門前で原付を降りると、その時、ちょうど息せき切らし、毛の生えた部位をぐっしょり濡らした高梨が現れて、イザマを睨んだ。ママチャリのかごにはぞんざいにジャケットが詰め込まれていた。正門から見える校舎の中央に据え付けられた時計の針は4時半を指し示している。
「とりあえず、受付だな。おれは担任に話を聞いてくる。君は早速彼氏彼女らに訊き込みを開始してくれ」
「私は、はあ、受付しなくていいの?」
うつむき、日陰を求める高梨にイザマは、
「透明なグローブで隠し玉をする奴はいまい」
と、告げた。
「ああ、そうだ。思い出した。いいか、男はネクタイのモザイクが紺、女はスカーフの色が赤紫、それが高2だ」
「はあ。今更になってそんな重要なことを、落ち合えなかったらって…なんでそんなことを?まさか…あんたみたいな人間が校舎に入っていいわけ?」
「何をまさかと思ったか、考えたくもないが、原田さんから聞いたんだ。勝手に喋ったと言った方が正しいが」
そう言うとイザマは、ふふん、と笑った。
何か知ったら連絡を、どんな小さいことでもいい。そう言って原付を押して校内に入って行くイザマに高梨は小さく、「お前は連絡くれなかったくせに」とつぶやいた。
敏子からの連絡がしっかり通じていたようで、イザマはすんなりと来賓室に通された。来賓室は六畳程のこじんまりとした部屋だった。イザマは腰深く、やつれた革張りの椅子に座った。
「お待たせしました」
満面の笑みを浮かべ現れたアカリの担任は、油断したコソドロみたいな顔をして、いなたい洋品店のマネキンのような格好をした30代後半と見受けられる中肉中背の男だった。
「こちらこそ、お手間をかけまして」
イザマは立ち上がり、軽く会釈をした。担任は何を思ったか握手を求め、イザマを辟易させた。
その頃、高梨は校門前で、イザマの情報通りの生徒を捜していたのだが、通り過ぎ行く生徒達が皆、さようなら、と挨拶してくることに、これまた辟易していた。礼儀のなっている学生達だけど、如何せんこうも挨拶されるとなあ、しかし、その生徒達の挨拶は高梨の後ろにいて、植木の整備をしていた用務員に対して行われていることにはたと気付くと、高梨は所在なさげにふらふらと自転車に乗って駅方面へと向かった。
続