微笑シリーズ。崖っぷちのメン | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

微笑シリーズ。崖っぷちのメン

「よし、やるぞ、ちくしょう、知ったことか、飛ぶんだ。おれは飛ぶんだ。飛ぶぞ。飛んでやる。にゃはは」
『いくぞ、踏み出すんだ。この一歩を踏み出すんだ。ほら、踏み出せおれ。あるじゃないか。眼下に夢の世界が。いけ、何も怖くない。痛みだってないさ、きっと』
「よーし」
『よーし』
“いくぞ
いくぞ”
「え?」
『あ』
「………」
『………』
「…あ、どうも」
『ああ、どうもどうも、い、いやぁ、あ、今日はいい天気で』
「え?あ、はは、そうですねえ、気がつかなかった」
『というと?』
「はあ?ああいや」
『ああ、あなたもしかして、ひょっとしてここから飛び降りようとしてたり?』
「そういうあなたももしかして?」
『いや実はそうでして』
「あ、そうですか。これは、奇遇というかなんというか」
『いやまさに、ねぇ、やっぱりあれですか、下ばかり見てたから天気に気がつかなかったんですか?』
「ええ、実は」
『いや僕もね、家を出た時から下ばかり見てたんですけどね。ほら、僕の後ろは壁であなたの後ろは空が。視界に入っちゃって、気がついちゃって、はは』
「はあ」
『ははは、ったく………』
「はは………」
『………』
「………」
『いやしかし、奇遇なもんですねぇ』
「いやはやまったく」
『………』
「………」
『ひょっとして、あなた人見知りですか?』
「えっ、あ、いや、あの、はい、そうなんですよ」
『そうですかそうですか。実は僕もなんですよ人見知り』
「そうなんですか、いやはやこれはこれは」
『……はは、人見知り』
「はは……」
『………いやぁ、僕、人とどう会話をしたらいいかわからないんですよ』
「あ、僕もです。だから会社でもなかなか同僚と打ち解けることができなくて」
『ふっ……』
「…はは……」
『……あ、すみません。こういう場合はどんなお仕事をされているか伺うべきですよね』
「あ、いや」
『すみませんね、僕ほら人見知りで、会話が苦手でしてね、実は今もすごく苦痛で』
「あ」
『今すぐここから飛び降りて楽になっちゃおうかなぁ……』
「………」
『……なんて』
「えっ、あ、もしかしてギャグですか今の。飛び降りギャグというか。すみません僕そういうのよくわからなくて、なんていうんですか、雰囲気がわからないというか空気が読めないというか、だから会社でも浮いちゃって」
『………』
「……はは…」
『…ああ、すみません、で、どのようなおちご』
「…あ、飛び降りだけにお仕事を落ちごと、なるほど」
『いや、ただ噛んだだけで、すみません』
「いや、ははは、すみません本当早とちりで僕。だから会社でもミスが多くてですね。はは」
『ふっ……』
「………」
『……僕、ニートなんですよね』
「あ……」
『………』
「………」
『……で、お仕事はどのような?』
「こ、このタイミングでですか?」
『はあ?』
「いや、あの、普通のサラリーマンですはい」
『普通の?普通のと言われましても生まれてこのかた社会経験ゼロの僕には、生粋のニートの僕にはなんのことだかさっぱり』
「あ、いや、ですよね、はは」
『…笑いやがって』
「え!?いや、あの、普通の営業ですはい」
『いやだから普通のって言われても!』
「自動販売機取り付けの営業です!自販機の!」
『………』
「………」
『……ああ、前にテレビで見たことありますよ』
「そ、そうですか。多分それです」
『あの、ものさしでもって軒先の空いているスペースを測ったり』
「ええ、それです」
『そうですか。…ん?ああ、なるほど』
「はい?」
『だからですか、自販機の営業だけに自らの最期は飛び降りをするわけですね!』
「は?」
『あたかもボタンを押したら缶コーヒーがガチャンと落ちてくるかの如く』
「そんな理由じゃありません!」
『…こう、ガチャンと』
「違いますって!やめてください!」
『なるほど、あったかーい体だったのにガチャンと死んで段々とつめたーいに』
「違いますよ、なんですかそりゃ」
『あなた今飛び降りるタイミングを図りかねているんですよね?』
「そりゃあまあ、そうなりますけど」
『言うなれば誰も買い手がないと』
「買い手?」
『なんなら僕がお金入れましょうか?』
「買わなくていいよ!何円なんですか僕!」
『ふっ……』
「………」
『でもさ』
「はい?」
『お金入れても、ボタン、無いね』
「…はい」
『人生のリセットボタンを押そうとしているあなたにボタンが無いだなんて』
「は?」
『あなたを買うボタンが無いだなんて!』
「はあ」
『……そんなもんですよね、人生って』
「…はい」
『だがしかし!』
「はい!?」
『………』
「………」
『………』
「……なんですか」
『ああ、いや、特になにも』
「………」
『………』
「…あなたはなんでここへ?」
『ああ、家が近いんで徒歩で』
「ベタ!」
『わかりますか』
「わかりますけど」
『僕はほら、生まれてこのかたニートでしょ』
「はい、聞きました」
『正直どう思う?』
「正直、ですか?」
『うん、この際はっきり言ってよ』
「そうですか、まあ正直、なにやってんだと」
『………』
「い、いや、しかしですね、僕も同じ、結局同じというか、なんて言うか、ほら僕もこうしてビルの屋上の柵のりこえて崖っぷちに立っているわけですし、もうなんつうか今までの人生のことは関係ないというか、僕達きっと同じ種類の人間じゃないですか!」
『だろ?ふふん』
「うわ、今すごくむかついた」
『え?』
「あ、いや、なんでも」
『おれはさ、やることも金もないからずっと部屋にいてよ。一日中部屋にいて。でも働きたくなくてさ。ずっとずっと時計とにらめっこしてた』
「はあ、そりゃ」
『もうずっと、ずっとずっと見ててさ。今じゃストップウォッチで10秒を誤差0、05以内で止められるようになった』
「なんかポジティブ」
『は?』
「あ、いや」
『もちろん目隠しで』
「どうでもいいよ」
『は?』
「いやいや、なんでも」
『それでさ、昨日だよ。寝て起きたら家に誰もいないんだ。リビングの机の上に書き置きがあってさ、親から。“もう勝手にしなさい”って』
「もう勝手にしなさい、ですか」
『そう。わかる?これニートが一番恐れてる言葉。親の行き先もわからなくて、ま、もう調べる気もないけどさ。お金も無くて、それでも、それでも働きたくなくなくない?』
「急にかわいこぶりやがった」
『この気持ちわかる?』
「正直言ってわかりませんが」
『だろうなぁ。でも働きたくないんだ。自分でも不思議だよ。働くぐらいなら死んだ方がましだと思ってるんだ。現に今こうしてここにいるんだけど。ま、いつか親がおれに愛想つかすことはわかってたし。この日がくるのを覚悟してた』
「はあ」
『死ぬ気があるならなんでも出来る。あんなの嘘だ』
「確かに」
『やる気は全部死ぬ方に流れていってさ、あとにはなんも残らない』
「…はい」
『……まったく、人生ってなんだろう?』
「………」
『…ところであなたはなぜここに』
「えっ、あ、いや」
『言いたくないか、そうだな。そうだよ。ふっ……じゃあおれは先にいくよ。ピヨーン』
「明るく飛び降りたあ!あああ!………ああ…ああ…どうしよう…おれ、バンジージャンプしようとしてただけなのにぃ!」
『ピヨーン、僕もだよ』
「戻ってきたあ!」


終わり。本当はとてつもなく救いのない終わり方だったけど、強引に阻止した。だって書いてるおれが相当な精神的ダメージを受けたから。危なかった。それにしても…やめよう。