マッカチン | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

マッカチン

久しぶり

殺してやる
言ったお前ら
俺の嫁

おれが子供の頃、よく埼玉は八潮方面へとザリガニ釣りに出かけた。数百円程度だったと思う1メートルほどのちゃちな青い竿を自転車に傘を差すようくくりつけひたすら友達と風を切る。ひっそりとした工場地帯を流れる用水路に着くと我先にと竿の先の紐に釣り糸を結ぶ。エサはするめ、またはさきイカだった。一応書いておくが針は無い。釣り糸に結びつけているだけだ。辺りを見渡すと必ずフナ釣りやタナゴ釣りや四つ手網で追い込み漁をしているおっさん(この四つ手網のおっさんがまた魚を追い込む達人)が何人かいて、時に彼等に叱られながら、おれ達は草の生えているところなど子供なりに食いつきそうなポイントを押さえ、エサを投入する。釣りの腕も何もバカでもばかばか釣れる。
立派なオスザリガニのことをマッカチンと呼ぶのは全国共通だろうか。その日おれと友達は釣り上げたマッカチンをどうするか悩んでいた。いつもなら壁に投げつけたり闘わせようとしたりバッタやカエルを食わせてみたりと持ち前の残虐超人性の限りを尽くしていたのだが、その日は、それら残虐超人的行為を悔い改めたのか、生きたマッカチンをゴリゴリと石ですりつぶし肉団子にしてみた。ベンキマンは一応正義超人なはずだからOKである。さすがに都会っ子、そして工業廃水まみれの川、海老しんじょにして食うという粋な冒険はしない、この肉団子をエサにしたら何か釣れるのではないかという算段だ。この、何か、というものが実に子供らしいではないか。針を用意していなんだが、こんな時往々にして子供時代というやつは探しものがふと道に落ちていたりするもので、これをアポーツと呼べるだろうか、この時も何故かパッケージに入った新品のタナゴ針を見つけた。いくつか入っている針を皆に回し、おもりとして石をつけ、海老で鯛を釣ってみせようとばかりに意気揚々いざ投入。釣れた。マッカチン。すりつぶす。釣れた。マッカチン。すりつぶす。釣れた。マッカ
チン。すりつぶす。の繰り返し作業。さながらザリガニ殺戮工場大稼動。気がつけば手元にはマッカチンの肉団子と爪と頭が山のよう。夕陽が辺りを染める頃、突然、おれ達は何かいけないことをしているのではないか、という恐怖感にさらされ、無残な姿になったザリガニを全て川に捨て、逃げるように帰った。フナなり鯉っこでも引っかかっていればザリガニ達も浮かばれたものであろうに。

あ、あと、“たれぱんだがありなら「たれえれふぁんと」は何故だめなの?、いやいや、全然卑猥じゃないじゃん。風呂上がりのおちんちんとかそんなんじゃなくて。”みたいなことを言う奴には定額給付金を500円上乗せさせたげて。今日も僕達の人生が幸せであるように☆