アラクネ(13)
カズタカの失墜を前に、タケハルは巻き添えを食いたくないわいとばかりトイレに立った。男一女四、ただでさえカズタカにとって危機的な状況であるが、これではまるで正論をかさに女子達から帰りのホームルームで吊し上げられた男子の呈である。
「最低」
「ろくでなしのごくつぶし」
「ガキ以下」
「誰のでもいいから爪の先を煎じて飲め」
「人間じゃねえよ」
「よかった。手袋着けてきて」
「あ、それかわいいね。それで殴られるなら本望だね!」
「いや、ホノカ、ちょっと違うよ。喪服の手袋だし」
やいのやいのと、いつの間にか復活したホノカも交え、罵声が飛び交う。カズタカは思考停止をきたした。
一通りの罵声を言い終えると、タケハルが帰ってきたこともあり、カズタカを糾弾する会は解散した。
「科学的見地から解決、着眼点はいいけど、じゃあなんでみんな遺書を失くしたのよ。結果だけみてそれも偶然だとでも言うの?」
あまりに馬鹿らしくなったからか、ランチェスターの法則に於ける数の優位性の故か、こちらも少し落ち着きを取り戻したアヤが、動かざること上野の山のハシビロコウの如し、状態のカズタカに訊いた。
「おい、お前に訊いてるんですけども」マユミは放心状態のカズタカに向けてストローを弾いた。ぴっ、とほとばしるアイスティの飛沫は見事カズタカの顔面を捉える。
「えっ、なに?」
「ふうぅ、みんなが遺書を失くしたのはどういうこと?説明しなさいよ」残された力を振り絞るように溜め息をつきながら早口で再度アヤは訊く。
「あ、野崎、大丈夫なのか?」
「早く答えろバカ!」またしてもアヤは精神メーターの針を振り切った。
貶めて怒られ、気遣っても怒鳴られ、この瞬間カズタカの魂は確実に窓の向こうの景色を飛び越え、名古屋辺りで一段落したのち、体を忘れたことに気付きえっちらおっちら戻ってきた。
「そ、それは、そうだな、…サブリミナル効果って知ってるか?サブリミナル効果で説明出来るだぎゃ、…う、うん、説明出来る」もとよりそんなことを解決する気などなかったカズタカ。説明しなさいよ、と言われても、そんなの知らねえよと言ってしまいたかったが、それを言ってしまえばどうなるか目に見えている。この場は口八丁手八丁でやりきるしかない。そう思ったカズタカの冴えない脳みそがボキャブラリーの中から探しあてた言葉がサブリミナル効果だった。
「それ知ってるぅ。写真とか映画とかに目で見えないくらいのメッセージを織り込んで見た人に暗示をかけるってやつでしょ?」
「ま、端的に言ってしまえばその通り。良くできました」
「でっへへ」と、わざとらしく笑ったあと、ホノカは表情を一変させて冷たく「こいつ何様だよ」と吐き捨てた。
「…」相手が無邪気な小天使みたいなホノカだということで油断していたカズタカの魂はこの瞬間以下略。女という生き物はおぞましいな、ぴょこんぴょこんと鼓動を打つカズタカの心臓が言う。
「ちょっと待ってよ、なにそれ!ていうことは私達が自殺するように暗示をかけたとでも言うの!?ヒロフミが!?」
「あ?、いや、野崎、そこまでは言ってない。あいつらの死と勝手に結びつけるな」
「なに!あんたなんなの!わからない!理解出来ない!」
「ろ、論理的に語り合おうぜ」
「うるさいうるさいうるさいうるさい!」アヤは頭を腕で守り固め、つむじをカズタカに向けテーブルに突っ伏した。
「俺はただ遺書を失くした理由の可能性を推察しただけで、超能力者のしてみせた現象を手品でも出来るとやってみせた手品師みたいなもんだ。それだけじゃインチキを証明したことにはならない。結果に帳尻を合わせたに過ぎないからだ。算数の虫食い問題みたいに、x+y=5の時のxとyに入る数字は何個もパターンがあるだろ?遺書を失くした理由はサブリミナル効果で説明出来る、それはそのパターンのひとつ、それだけなんだ。野崎」この事態に参ってるのはお前だけじゃないんだぞ。喉元まででかかった言葉をぐっと飲み込む。それを言っちゃおしまいだ。そんなことは皆わかりきっているのだから。
「推測も仮説も、余分なものを削ぎ落として出来るだけシンプルにしないといけないものよ」
砂漠に降った豪雨があっという間に砂の中に吸い込まれていったかのような、一旦さらっぴんになった雰囲気の中、マユミが静かに語り出した。
「シャーロック・ホームズだって言ってるわ。全ての不可能を消去して最後に残ったものは、如何に奇妙なものであろうと、それが真実だ。ってね」
「どういうことだ?」とタケハル。
「まず、私達はこの件について何が可能で何が不可能なのかを見極めなきゃならない」
「意味不明なことばかりでそれが出来ないから問題なんでしょ」
「そう、ミシモの言う通り。だけどシンプルに考えるの。まず、私達にとって一番の問題はなに?それだけをみれば事件のあらましさえ余分なものに過ぎない。あんまり言いたくないけど」
と言って、マユミは軽く息を吐いた。
「思い出して。私達が問題を抱えているのなら、それはこれから私達が死ぬかどうかでしょ」
マユミが出来るだけ棒読みでそう言うと、アヤの両肩がぴくりと震えた。
「確かにそう。考えてみれば、何こいつこんな時にヒスってんだって思ってたけど、アヤだけがまっすぐ私達の問題を見つめていたのかもね」
ミシモは今も、ヒスってんじゃねえよ、と思っている。しかし、こういうアヤみたいなタイプは自分の行動、所為をお世辞とはいえ肯定されると、その世界の秩序にでもなったかのような優越感に浸り、自分のしていることや、そこから得られた経験、知識は絶対的に正しく、それらを人に自慢したくなり且つ押し付けたいと思い込む、簡単に言ってしまえば自己顕示欲の強い「いい気になる」奴であると判別しており、この場合多少元気づけてこれ以上無益にアヤに騒がれてはたまらないとの意志からの肯定発言であった。
「そ、そんなことないけど」案の定、アヤは調子に乗る気配をみせた。
これ以上お調子づけても意味がないので、ミシモはアヤを無視し、
「で、マユミはどう思う?」
と、話を戻した。
続
「最低」
「ろくでなしのごくつぶし」
「ガキ以下」
「誰のでもいいから爪の先を煎じて飲め」
「人間じゃねえよ」
「よかった。手袋着けてきて」
「あ、それかわいいね。それで殴られるなら本望だね!」
「いや、ホノカ、ちょっと違うよ。喪服の手袋だし」
やいのやいのと、いつの間にか復活したホノカも交え、罵声が飛び交う。カズタカは思考停止をきたした。
一通りの罵声を言い終えると、タケハルが帰ってきたこともあり、カズタカを糾弾する会は解散した。
「科学的見地から解決、着眼点はいいけど、じゃあなんでみんな遺書を失くしたのよ。結果だけみてそれも偶然だとでも言うの?」
あまりに馬鹿らしくなったからか、ランチェスターの法則に於ける数の優位性の故か、こちらも少し落ち着きを取り戻したアヤが、動かざること上野の山のハシビロコウの如し、状態のカズタカに訊いた。
「おい、お前に訊いてるんですけども」マユミは放心状態のカズタカに向けてストローを弾いた。ぴっ、とほとばしるアイスティの飛沫は見事カズタカの顔面を捉える。
「えっ、なに?」
「ふうぅ、みんなが遺書を失くしたのはどういうこと?説明しなさいよ」残された力を振り絞るように溜め息をつきながら早口で再度アヤは訊く。
「あ、野崎、大丈夫なのか?」
「早く答えろバカ!」またしてもアヤは精神メーターの針を振り切った。
貶めて怒られ、気遣っても怒鳴られ、この瞬間カズタカの魂は確実に窓の向こうの景色を飛び越え、名古屋辺りで一段落したのち、体を忘れたことに気付きえっちらおっちら戻ってきた。
「そ、それは、そうだな、…サブリミナル効果って知ってるか?サブリミナル効果で説明出来るだぎゃ、…う、うん、説明出来る」もとよりそんなことを解決する気などなかったカズタカ。説明しなさいよ、と言われても、そんなの知らねえよと言ってしまいたかったが、それを言ってしまえばどうなるか目に見えている。この場は口八丁手八丁でやりきるしかない。そう思ったカズタカの冴えない脳みそがボキャブラリーの中から探しあてた言葉がサブリミナル効果だった。
「それ知ってるぅ。写真とか映画とかに目で見えないくらいのメッセージを織り込んで見た人に暗示をかけるってやつでしょ?」
「ま、端的に言ってしまえばその通り。良くできました」
「でっへへ」と、わざとらしく笑ったあと、ホノカは表情を一変させて冷たく「こいつ何様だよ」と吐き捨てた。
「…」相手が無邪気な小天使みたいなホノカだということで油断していたカズタカの魂はこの瞬間以下略。女という生き物はおぞましいな、ぴょこんぴょこんと鼓動を打つカズタカの心臓が言う。
「ちょっと待ってよ、なにそれ!ていうことは私達が自殺するように暗示をかけたとでも言うの!?ヒロフミが!?」
「あ?、いや、野崎、そこまでは言ってない。あいつらの死と勝手に結びつけるな」
「なに!あんたなんなの!わからない!理解出来ない!」
「ろ、論理的に語り合おうぜ」
「うるさいうるさいうるさいうるさい!」アヤは頭を腕で守り固め、つむじをカズタカに向けテーブルに突っ伏した。
「俺はただ遺書を失くした理由の可能性を推察しただけで、超能力者のしてみせた現象を手品でも出来るとやってみせた手品師みたいなもんだ。それだけじゃインチキを証明したことにはならない。結果に帳尻を合わせたに過ぎないからだ。算数の虫食い問題みたいに、x+y=5の時のxとyに入る数字は何個もパターンがあるだろ?遺書を失くした理由はサブリミナル効果で説明出来る、それはそのパターンのひとつ、それだけなんだ。野崎」この事態に参ってるのはお前だけじゃないんだぞ。喉元まででかかった言葉をぐっと飲み込む。それを言っちゃおしまいだ。そんなことは皆わかりきっているのだから。
「推測も仮説も、余分なものを削ぎ落として出来るだけシンプルにしないといけないものよ」
砂漠に降った豪雨があっという間に砂の中に吸い込まれていったかのような、一旦さらっぴんになった雰囲気の中、マユミが静かに語り出した。
「シャーロック・ホームズだって言ってるわ。全ての不可能を消去して最後に残ったものは、如何に奇妙なものであろうと、それが真実だ。ってね」
「どういうことだ?」とタケハル。
「まず、私達はこの件について何が可能で何が不可能なのかを見極めなきゃならない」
「意味不明なことばかりでそれが出来ないから問題なんでしょ」
「そう、ミシモの言う通り。だけどシンプルに考えるの。まず、私達にとって一番の問題はなに?それだけをみれば事件のあらましさえ余分なものに過ぎない。あんまり言いたくないけど」
と言って、マユミは軽く息を吐いた。
「思い出して。私達が問題を抱えているのなら、それはこれから私達が死ぬかどうかでしょ」
マユミが出来るだけ棒読みでそう言うと、アヤの両肩がぴくりと震えた。
「確かにそう。考えてみれば、何こいつこんな時にヒスってんだって思ってたけど、アヤだけがまっすぐ私達の問題を見つめていたのかもね」
ミシモは今も、ヒスってんじゃねえよ、と思っている。しかし、こういうアヤみたいなタイプは自分の行動、所為をお世辞とはいえ肯定されると、その世界の秩序にでもなったかのような優越感に浸り、自分のしていることや、そこから得られた経験、知識は絶対的に正しく、それらを人に自慢したくなり且つ押し付けたいと思い込む、簡単に言ってしまえば自己顕示欲の強い「いい気になる」奴であると判別しており、この場合多少元気づけてこれ以上無益にアヤに騒がれてはたまらないとの意志からの肯定発言であった。
「そ、そんなことないけど」案の定、アヤは調子に乗る気配をみせた。
これ以上お調子づけても意味がないので、ミシモはアヤを無視し、
「で、マユミはどう思う?」
と、話を戻した。
続