六億の亡者に引き裂かれて抱かれる夢 | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

六億の亡者に引き裂かれて抱かれる夢

あ、前回記事でいっていたのはボツシリーズの記事ね。

なんか最近「屁みどろ」って言葉が頭に浮かぶんで困ってる。たとえば道を歩いていてかかとを擦った時とか、「屁みどろじゃないんだから」って思うし、女子プロゴルファー古閑某がテレビに出てると、「屁みどろになっちゃえよ」って思う。早1月も終わろうとしているというのになにやってんだろね。これも正月ぼけかな?でもさ、某古閑ならいいんだよ。某古閑なら。なんか屁みどろが癖になっちゃってさ。好きな子の顔見ても「屁みどろ」って言葉が浮かぶんだ。最悪だよな。あの子が屁みどろになる姿は頭の中とはいえ僕のやる気を根こそぎ持っていくよ。

今季はまだ東京に雪降らないね。1月に降る雪が好きなんだ。12月でも2月でも駄目。3月はいいとして4月は論外。1月に降る雪が好き。雪国の人には、何言ってんだこいつ、って思われるかもしれないけどさ。雪が降って溶け始めて車の轍の横でぐちゃぐちゃのシャーベット状になってる雪溜まりに「いける!」って思って自転車で突っ込んで盛大に転けたのも、つきあい始めたばかりの彼女の前でかっこつけようとして学ランを使って雪の坂道でそりをしたのも(バレンタインが来る前にふられた)、次の日濡れた学ランが冷たくてジャージで授業受けたら体育教師に殴られて納得いかなかったことも、その体育教師が雪の降る校庭で一人懐かしそうにサッカーボールを高く高く蹴り上げていた景色も、学校の帰り道に友達とどこまでもどこまでも歩いてみた日も、免許とって初めての雪でスロープをガクガク登ったのも、雪かきしてたら見知らぬおっさんにお年玉貰ったのも、歩いてたらうんこ漏らしたのも、1月の雪の降る日だった。1月に降る雪が好きなんだ。振り返り見る思い出がいつも八割増しでロマンチックでさ。

みんな生きているんだよね?なんか最近そんなことすらあやふやでさ。そりゃ屁みどろにも取り憑かれるよ。「エネゴリ君って屁みどろ臭えんだよ馬鹿野郎!」とかさ。「またにして」って言われると「今がいいんだ」って答える。おざなりに始末した後、残るのは容赦なきモヤモヤ。プカプカ煙草吸ってさ。あの青い煙を見てると父親の姿が浮かんできて、どうしようもねえなって煙草をにじり消す。毎日がつまらないのか楽しいのかもあやふやで、消しゴムの先についた羽虫みたいなもんで、丸めた背中が痛々しい。君に告げたいんだ。毎日が楽しくてしょうがねえって。楽し過ぎてどうにかなっちまいそうだって。恥ずかしい話君以外何にもいらないってさ。

明日は初詣にでも行こうかな。西新井大師まで歩いて行こうかな。一時間もかからないのだから。めまぐるしくてイッちゃいそうなモデルみたい。池の亀でも見てくるか。そういや亀といえば足立区に亀とでかい鯉がうようよいる親水路みたいな遊歩道になってるとこあるよね?中川に注いでたかな?半分迷子になりながらあそこ歩いた時のなんかわからない恐怖感。燦々と降り注ぐ春の日差し、周りには誰もいない。時折人とすれ違い、虚無的にやり過ごす。見下ろせば眼下にたむろする大量のでかい鯉とミシシッピアカガメ。ゾーンに入っちゃった感過剰。あそこは夕方ヤバいに違いない。でるよね神隠し、時の翁。さようなら。