必読!ハゲない方法 | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

必読!ハゲない方法

ハゲについて考えてみようと思ふ。早速むかつきポイント発見!思ふ、だってよコイツ馬鹿だろ。いやいやいやいや、少しだけまじめに考えてみたのだ。
とはいえ、今のところ僕は頭髪に危機感を抱いているわけじゃない。僕の前髪の生え際にはホクロがあるのだが、そのホクロの“位置”は子供の頃から変わっていない。剃りこみ部分はそのホクロでは測れないが、大した変化は無いように思う。ハゲを語るに申し訳ないが、父方母方の親戚を見回してもてこ入れを必要としている人はいないので、遺伝的には年相応なハゲ方をするみたいだ。
ハゲ対策には大まかにいうと二つの対策がある。すなわち、ハゲないようにする対策とハゲたあとの対策だ。ここで社会的、資本主義的な問題が生じる。ハゲ業界のメインストリームがハゲたあとの対策技術を売ることにより成り立っているからだ。カツラを売るにも植毛するにも増毛するにもハゲの存在が必要である。ハゲとは利権であるといっても差し支えあるまい。都市伝説的情報を例に出すのはどうかと思うが、水道水にフッ素を混ぜない理由、みたいなものだ。カツラメーカーやシャンプーを作る会社がハゲ市場を牛耳っている限り正しいハゲない方法は世に広まらないだろう。ま、投資して得た技術に対価を求めることは悪いことではない。そもそも命題めいた、ハゲない方法、を見つけるよりも、とりあえず、外的工事可能なカツラ等の技術が発達するのは自然なことである。だが、現代、そろそろ立場が逆転してもいいような気がするのだが。
シャンプーとカツラを並記したが、昔っから、乞食に禿無し、と云われるように、どうやらやつら(シャンプー)もハゲに大分関わっているらしいのです奥さん。乞食に禿無し、が真理ならば、確かにそんな気がする、シャンプーなどハゲ製造液である。しかし、某老大家の如く洗髪を拒否するような生き方もどうかと思うのもまた人間の心理であり、臭いやその他諸々にだって気を遣いたいものだ。しかし、案外、無シャンプーを続けたとしても臭いのたつことは無いのかもしらない。僕達には既に頭は毎日シャンプーで洗うものという常識があり、これこそまさしくシャンプー業界の洗髪ならぬ洗脳であろう、これを覆すのは難しい。頭をしゃかしゃか洗って、たとえ毒液の効果だとしても、すっきりしたいものだ。この快感、日常行動を封じられたら、そのストレスでハゲてしまいそうである。
ハゲたあとの最終手段として凄いものがある。自然なハゲとは男性ホルモンのいたずらによるものだが、所謂波平の髪型、後頭部及び側頭部というものは基本的にハゲない、所謂波平の髪型、らしいのだ。それを利用し、後頭部の皮膚ごとハゲた頭頂部に移植する増毛法がある。これをすると二度とハゲることがないらしい。ハゲ知らずである。でも、金のことはさておき、そこまでのことはしたくなかろう、と、思うのは僕がハゲで悩んでいないだからか。
そこでだ、僕はハゲない方法を考えた。
まず、髪の毛とは何の為に存在しているか、を考えなくてはならない。色々あるのだろうが、僕はやはり頭を衝撃から守るためにあると思うのだ。人間の体っていうやつはよくできている。自分が有する機能が健康に働いている場合、適応しようとする。タバコ吸ってると鼻毛が伸びるのが早い、のように。不随意反応とでも言うのだろうか、僕はそれが頭髪にも応用出来ると考えた。
かといって、毎日頭を叩き続ける、では、抜け毛を促進することは目に見えている。これは体の作用よりも頭皮に受けたダメージの方が上回っているからだろう。直接頭を叩くの方法は駄目だ。ならばどうするか、答えは簡単。環境である。常に頭上に注意しなくてはならないような環境に身を置き、頭髪の必要性を己の身に刻み込むのだ。おれにはお前が必要なんだ!ではなく、あなたには私が必要なの!と想わせるのだ!これはいいぞ。男性ホルモン?知らねえよんなこたぁ。
タライ。タライだ。タライが丁度いい。タライでいい。タライがいい。
環境であるなら、自分の意志が介在してはならない。温室であってはならない。環境をコントロール出来てはならない。体は正直だからだ。甘やかしなんてすぐに見抜く。そして体現する。
仮にベッドの上としよう。ベッドの上、枕の上の天井にタライを紐で吊す。その吊し紐は部屋になんか繋がっていない。家の外に、“引っ張らないでください”、と書かれた張り紙と共に出しておく。そういう自殺方法をなんかで読んだ気がするってお話。なんじゃそりゃ。