“コスメティックもろざし”〈六十九〉 | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

“コスメティックもろざし”〈六十九〉

信蔵の家に脅迫状が届いたのは夏の雨の日、土曜日。
「貴様を殺す。平成極東プラネタリウム革新軍」
新聞や広告の文字を切り抜いたもの。
「毎度毎度、ご苦労なこって」
信蔵はつぶやき、脅迫状を握りつぶした。
いつものことだった。脅迫状や、カミソリの刃、銃弾、糞、使用済みコンドーム。これらが週に一度は事務所兼仕事部屋に送られてくる。さすがに銃弾やカミソリの刃は警察に届け出るが、他のものはいまのように握りつぶして捨てるだけだ。
握りつぶしてから、
「わざわざ自宅に送ってくるとは…一応警察に届けを出しておくか」
と思い、ぐしゃぐしゃになった脅迫状をカバンの中にいれた。
「じゃあ知子。行ってくる。…あっ、それから今日はどこかに泊まりなさい。金は持ってるか?」
知子の部屋から、
「持ってるよ。お父さんさぁ、私の話聞いてた?今日はミチコが結婚式の準備で帰ってきてるからミチコんちで独身最後のパーティーするっていったじゃん。そのまま泊まるとも言ったわ」
「…そうだったかい?」
「楽しんでこいとも言ったわ」
「……………俺が?」
「他に誰がいるのよ。もういいから。行ってらっしゃい」
信蔵は午後10時からの生放送のニュースへと出かけた。
こんな間抜けな会話が父との最後の会話になろうとは、知子は思いもしていなかった。

次に知子が父をみたのはその生放送のニュース番組。
パーティーとは名ばかりで、テーブルのうえにはポテチとビールとウィスキーだけ。
それでも知子、ミチコ、B子は十分盛り上がった。盛り上がりのさなかミチコがつけたテレビ。14型の小さな画面に父の姿。
「ちょっとやめてよぉ。せっかくの酔いがさめちゃうでしょ」
「いいじゃん、私も知子の親父さんには世話になったしね。あぁ思い出すわ、あのご馳走になったラーメンやお寿司。画面越しで申し訳でありますが、私は人にもらわれていきます」
ミチコはテレビに向かってぺこりとおじぎをした。
「なんじゃそりゃ」
知子が空とわかっているビール缶を口元に運び、思いっきり首をのけぞらした。ビールが一滴二滴知子の唇を湿らす。
その時、
「なにこれ…」
と、ミチコとB子。
「えっなに?」
知子がふたりに視線を向ける。
ふたりはテレビを見ていた。
知子はテレビを見た。
14型の小さな画面の中で父が黒い服を着た男達ともみあっている。信蔵の手には携帯電話のようなものが握られていた。
知子は血の気がひいた。
それは父が護身用に買ったスタンガンだった。父の目が血走っている。
番組は無情にも続く。黒い服の男を取り押さえようとした元暴走族のヘッドで現在教師という男があっという間にのされた。黒い服の男のパンチが顔面をとらえた瞬間、
「かぽっ」
という音がテレビを通してよく聴こえた。
ここらでようやくスタジオが阿鼻叫喚に包まれ、そして、
「しばらくお待ちください」
という文字と花畑の映像に切り替わった。
ただごとではないことが起こった。
知子は父の、
「今日はどこかに泊まりなさい」
という言葉を思いだしていた。