“コスメティックもろざし”〈六十八〉
知子が太りだして、きっかけに信蔵も一枚かんでいるのだが、信蔵は狂喜した。結果的に妻悦子の生命をすり減らした信蔵の愛の形。理性と娘への愛により拒んでいたものから解放された喜び。それは精神に至高の幸福をもたらした。信蔵はとても幸せだった。
しかしそれも1年ほど。知子が相撲をやめて痩せだしたのだ。みるみる痩せていく知子。しかし信蔵は知子に「太れ」とは言えない。やはり娘の体が心配だった。再び理性と愛により自身の愛の形を胸の奥にしまった。
それが信蔵をどこかやけっぱちにさせた。これはダイエットのリバウンドに似る。痩せる前より太る。以前はぎりぎり胸にしまえた感情がしまえきれない。しかし、どうしようもできない。信蔵はそのストレスを仕事にぶつけた。知子を愛し始める前の、世の中すべてのものに噛みつこうとする顔に戻った。あの頃は若かった。が、今はキレたおっさんだ。異様である。狂っている。しかも仕事でもすべてを吐き出せないようで信蔵の精神は荒れた。すなわち“ハレの日”は以前より“ハレ”に、“ケの日”も以前より“ケ”に。周期の間隔も短くなった。
知子はそんな父をどうとも思わない。薬が増えたかな、と思うぐらいだ。記憶がある時から多かれ少なかれこんな感じの父だった。知子にとってはこれが日常でありそれ以外のなにものでもない。
そして知子が大学3年になった時、信蔵はとんでもない情報を入手する。それは去年の選挙、圧倒的得票数で勝った根来首相、否、根来親子に関する情報。
「根来は人体実験を繰り返し、究極の特殊部隊を組織しようとしている!武力により日本を支配しようとしている!」
信蔵は生放送のワイドショーでがなりたてた。
若い頃なら一笑に付されただろう。今もたいがいは、
「あ、この人ついにイっちゃった」
と、受け止められた。
が、この十数年、だてにテレビに出続けたわけではない。今では信蔵の過激な発言、行動の信者ともいえるファンも多い。テレビを見ていた100人中5人ぐらいはこの言葉を信じたらしい。この生放送のあと、根来首相の支持率が就任後初めて70パーセントをきった。この発言は週刊誌にも取り上げられ、一部で物議を醸し出した。
ふさふさの絨毯、革張りの椅子。骨格のいい机。
根来首相は椅子にすわり、タバコをくゆらせ雑誌を読んでいる。
豪華な装飾の扉が開く。
「呼びましたか」
黒いスーツの男がふたり。ひとりは金剛のようにでかい。もうひとりは、でかい男に比べれば小さいがそれでも一般男子の体格よりもがっしりしている。
根来はふたりを一瞥すると、
「これを知っていますか」
と言って、雑誌を机の上に投げだした。
見開いたページに、
「根来一族の陰謀」
と、でっかく書かれている。
「はい」
でかいほうの黒スーツが答える。
「今いいところなんだ。わかるよねぇ、ねぇ。外国からも協力してもらったしさ。ねぇ、バレるとまずいよねぇ。国際問題になっちゃうからねぇ」
根来はタバコを灰皿に押しつけ、にじる。
「大元は加府信蔵なんだよ。彼は恨まれているからねぇ。右左ヤクザ警察神様良い奴悪い奴関係なしにねぇ。…………ここはひとつ派手にやろうか。ねぇ、闇の中でやっちゃうと疑われちゃうからねぇ。わかったかい?」
「はい」
今度はふたり同時に答えた。
続
しかしそれも1年ほど。知子が相撲をやめて痩せだしたのだ。みるみる痩せていく知子。しかし信蔵は知子に「太れ」とは言えない。やはり娘の体が心配だった。再び理性と愛により自身の愛の形を胸の奥にしまった。
それが信蔵をどこかやけっぱちにさせた。これはダイエットのリバウンドに似る。痩せる前より太る。以前はぎりぎり胸にしまえた感情がしまえきれない。しかし、どうしようもできない。信蔵はそのストレスを仕事にぶつけた。知子を愛し始める前の、世の中すべてのものに噛みつこうとする顔に戻った。あの頃は若かった。が、今はキレたおっさんだ。異様である。狂っている。しかも仕事でもすべてを吐き出せないようで信蔵の精神は荒れた。すなわち“ハレの日”は以前より“ハレ”に、“ケの日”も以前より“ケ”に。周期の間隔も短くなった。
知子はそんな父をどうとも思わない。薬が増えたかな、と思うぐらいだ。記憶がある時から多かれ少なかれこんな感じの父だった。知子にとってはこれが日常でありそれ以外のなにものでもない。
そして知子が大学3年になった時、信蔵はとんでもない情報を入手する。それは去年の選挙、圧倒的得票数で勝った根来首相、否、根来親子に関する情報。
「根来は人体実験を繰り返し、究極の特殊部隊を組織しようとしている!武力により日本を支配しようとしている!」
信蔵は生放送のワイドショーでがなりたてた。
若い頃なら一笑に付されただろう。今もたいがいは、
「あ、この人ついにイっちゃった」
と、受け止められた。
が、この十数年、だてにテレビに出続けたわけではない。今では信蔵の過激な発言、行動の信者ともいえるファンも多い。テレビを見ていた100人中5人ぐらいはこの言葉を信じたらしい。この生放送のあと、根来首相の支持率が就任後初めて70パーセントをきった。この発言は週刊誌にも取り上げられ、一部で物議を醸し出した。
ふさふさの絨毯、革張りの椅子。骨格のいい机。
根来首相は椅子にすわり、タバコをくゆらせ雑誌を読んでいる。
豪華な装飾の扉が開く。
「呼びましたか」
黒いスーツの男がふたり。ひとりは金剛のようにでかい。もうひとりは、でかい男に比べれば小さいがそれでも一般男子の体格よりもがっしりしている。
根来はふたりを一瞥すると、
「これを知っていますか」
と言って、雑誌を机の上に投げだした。
見開いたページに、
「根来一族の陰謀」
と、でっかく書かれている。
「はい」
でかいほうの黒スーツが答える。
「今いいところなんだ。わかるよねぇ、ねぇ。外国からも協力してもらったしさ。ねぇ、バレるとまずいよねぇ。国際問題になっちゃうからねぇ」
根来はタバコを灰皿に押しつけ、にじる。
「大元は加府信蔵なんだよ。彼は恨まれているからねぇ。右左ヤクザ警察神様良い奴悪い奴関係なしにねぇ。…………ここはひとつ派手にやろうか。ねぇ、闇の中でやっちゃうと疑われちゃうからねぇ。わかったかい?」
「はい」
今度はふたり同時に答えた。
続