“コスメティックもろざし”信蔵の舌〈六十七〉
最近の加府信蔵は狂っている。
信蔵の肩書きはジャーナリストだ。若い頃、悦子と出会った頃信蔵は三流大衆娯楽雑誌の記者だった。
「怪奇!海を渡る犬の群れ!」
「現在の最低価格、りんご3つでやり放題!」
「整形する前が好きだった」
などを書いていた。仕事は、最低の仕事だったが、後年わりと役にたった。何事も経験である。しかし、あることないこと、お構いなしにとりあえず記事をぶちあげる。そのことに疑問を感じていた。いつしか「本当のことだけを書きたい」という思いが胸から飛び出してきた。
悦子と結婚して信蔵はフリーライターになる。主に政治、社会問題を取り扱った。
嘘だらけの世界だからだ。わけいってもわけいっても嘘の山。尽きることのないネタ。怒りを原稿にぶちまける。徐々に信蔵の書くコラムは話題を集めだした。
悦子が死んでから、信蔵は益々過激になっていった。次々と政治家の汚職を暴く。ヤクザ、警察、宗教、思想、国際問題、ところかまわずすっぱ抜いた。悲しみを、怒りに、行動に変えた。そうするしかなかった。家のポストに銃弾が入っていたこともあるし、道を歩いていたら突然殴られたこともあった。
そんなある日、信蔵はワイドショーにコメンテイターとして出演した。知子が3歳の時だ。
悦子が死んでから信蔵は躁鬱病を患っていた。いや、元々そんな気質の持ち主だったが、嘘、を取り払うことでより表層に出てきたのだろう。ワイドショーに出たその日は躁状態だった。生放送。信蔵はがなりたてた。司会のアナウンサーは呆然とし、共演者は苦笑い。信蔵は共演者の胸ぐらをひっつかみ、「人の話も聞けないのか!この成金の文化人め!」と言って、その文化人の悪行を喋りだした。その文化人は最初、血管を浮かべて、真っ赤になって怒ったが、その顔がみるみるうちに青くなる。
数日後この文化人は逮捕された。
これがウケた。信蔵はそれからぽつぽつとテレビに呼ばれるようになった。
テレビに出始めて信蔵の生活は変わった。まずテレビの仕事と、それに追従するよう執筆の仕事が舞い込み、収入が増えた。そして不思議なことに娘を愛するようになった。家で原稿を書いている時、知子が泣きだしたりすると仕事にならないので、知子を実家に預け平気で1週間、2週間ほっておいたものだが、毎日家に連れ帰るようになった。うまい具合の怒りのはけ口を見つけて余裕が生まれたのだろう。
知子は最初の頃こそ、「“家”に帰りたい」と泣きぐずったが、すぐに信蔵が自分を愛していることに気がついたようだった。1ヶ月後、知子は信蔵に精一杯、今までの分を取り戻すかのように甘えた。そして信蔵も、時間こそあまり無いが、力の限りそれに応える。
それが仕事に影響した。“顔が丸くなった”といってテレビの仕事が増えたのだ。ワイドショーのレギュラーが決まった。
知子が父離れをしだした中学2年生の頃から信蔵はテレビやラジオ、そして原稿書きで忙しく、週に1回、土曜の昼しか休みをとれなくなったほどだ。忙しさのせいか父離れのせいか父としての役割に一段落ついた安堵からか、知子を愛するようになってから比較的安定していた精神が再びバランスを失うようになった。
知子は信蔵の調子の具合を、“ハレの日”、“ケの日”と呼んでいる。
続
信蔵の肩書きはジャーナリストだ。若い頃、悦子と出会った頃信蔵は三流大衆娯楽雑誌の記者だった。
「怪奇!海を渡る犬の群れ!」
「現在の最低価格、りんご3つでやり放題!」
「整形する前が好きだった」
などを書いていた。仕事は、最低の仕事だったが、後年わりと役にたった。何事も経験である。しかし、あることないこと、お構いなしにとりあえず記事をぶちあげる。そのことに疑問を感じていた。いつしか「本当のことだけを書きたい」という思いが胸から飛び出してきた。
悦子と結婚して信蔵はフリーライターになる。主に政治、社会問題を取り扱った。
嘘だらけの世界だからだ。わけいってもわけいっても嘘の山。尽きることのないネタ。怒りを原稿にぶちまける。徐々に信蔵の書くコラムは話題を集めだした。
悦子が死んでから、信蔵は益々過激になっていった。次々と政治家の汚職を暴く。ヤクザ、警察、宗教、思想、国際問題、ところかまわずすっぱ抜いた。悲しみを、怒りに、行動に変えた。そうするしかなかった。家のポストに銃弾が入っていたこともあるし、道を歩いていたら突然殴られたこともあった。
そんなある日、信蔵はワイドショーにコメンテイターとして出演した。知子が3歳の時だ。
悦子が死んでから信蔵は躁鬱病を患っていた。いや、元々そんな気質の持ち主だったが、嘘、を取り払うことでより表層に出てきたのだろう。ワイドショーに出たその日は躁状態だった。生放送。信蔵はがなりたてた。司会のアナウンサーは呆然とし、共演者は苦笑い。信蔵は共演者の胸ぐらをひっつかみ、「人の話も聞けないのか!この成金の文化人め!」と言って、その文化人の悪行を喋りだした。その文化人は最初、血管を浮かべて、真っ赤になって怒ったが、その顔がみるみるうちに青くなる。
数日後この文化人は逮捕された。
これがウケた。信蔵はそれからぽつぽつとテレビに呼ばれるようになった。
テレビに出始めて信蔵の生活は変わった。まずテレビの仕事と、それに追従するよう執筆の仕事が舞い込み、収入が増えた。そして不思議なことに娘を愛するようになった。家で原稿を書いている時、知子が泣きだしたりすると仕事にならないので、知子を実家に預け平気で1週間、2週間ほっておいたものだが、毎日家に連れ帰るようになった。うまい具合の怒りのはけ口を見つけて余裕が生まれたのだろう。
知子は最初の頃こそ、「“家”に帰りたい」と泣きぐずったが、すぐに信蔵が自分を愛していることに気がついたようだった。1ヶ月後、知子は信蔵に精一杯、今までの分を取り戻すかのように甘えた。そして信蔵も、時間こそあまり無いが、力の限りそれに応える。
それが仕事に影響した。“顔が丸くなった”といってテレビの仕事が増えたのだ。ワイドショーのレギュラーが決まった。
知子が父離れをしだした中学2年生の頃から信蔵はテレビやラジオ、そして原稿書きで忙しく、週に1回、土曜の昼しか休みをとれなくなったほどだ。忙しさのせいか父離れのせいか父としての役割に一段落ついた安堵からか、知子を愛するようになってから比較的安定していた精神が再びバランスを失うようになった。
知子は信蔵の調子の具合を、“ハレの日”、“ケの日”と呼んでいる。
続