“コスメティックもろざし”転換〈64〉 | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

“コスメティックもろざし”転換〈64〉

夏が過ぎ、知子は受験勉強に励む。知子の学校は有名大学の付属校である。まず6割はそのまま上の大学へ進む。だがひとつ問題がある。女子大なのだ。夢もへったくれもありゃしない。もちろんやりたいことを見つけその為に希望する大学を受験する生徒もいるが、多くの生徒は“狩り”に出るため他の大学を受験する。
知子は“狩り”が目的ではないが受験する道を選んだ。相撲は一段落ついた、と思っている。ブタクマは相撲の推薦で大学に行けるぞ、と言ってくれたが、それも受験するひとつの理由になった。
どん底にあった自分に上のほう、光のあるほうからロープを投げ入れてくれたもの。ブタクマ、メイコ先生、ミチコ、B子、そして相撲。今はあの時のことを思い出してもへっちゃら。思い出し笑いすら浮かべる。なぜなら夏、あの日よりも優勝した日、流した涙、汗、鼻水も優勝した日が勝っている。優勝した日に比べればあの日のことなど、台風に向かって扇風機を回しているようなものだ。
完全に立ち直ることが出来た。ならばいつまでもおんぶにだっこしているわけにはいかない、と、思ったのだ。
受験することをブタクマに告げると、それは相撲をやめることを意味する、ブタクマは静かにうなずいて、「よく頑張った。お前が本気で取り組めばきっと受かる」と、言った。
ブタクマは知子の気持ちがよくわかった。自らの経験と知子の気持ちがオーバーラップしたからだ。もちろん、知子には相撲を続けてほしい、という気持ちもある。が、どうして知子を引きとめることが出来ようか。ブタクマは自分を面倒見てくれた両親の気持ちがわかった気がする。きっと両親は今の自分を祝福してくれているだろう。なぜなら今、俺は知子を祝福しているのだから。
ミチコとB子も受験をする。ミチコは「獣医になりたい」と突然、なんの前触れもなく、言いだして、北海道の大学を受ける気だ。B子は美大を受ける。

3月、卒業式。知子達はみんな第一志望の大学に受かった。
知子は優勝した日以来、あまり甘いものを食べなくなり、練習をやめてからは食事も相撲を始める前の、あの日よりも前の量に戻った。体は一気にしぼんだ。太りやすく、痩せやすい。母からの愛と遺伝。父信蔵は少し残念そうである。
体重はとうに60キロをきっていた。あまった皮でぶよんぶよんになりそうなものだが知子はそうならなかった。
教室、最後のホームルーム。むせび泣く少女達。担任からの言葉。高校生活の終わり。解散。
知子は体育職員室へ向かう。
扉を二度打ち鳴らす。
「失礼します」
「あら知子。来ると思ってたわ」
メイコ先生がお茶をすすりながら言った。
「先生、ブタクマは?」
きょろきょろと右左。ブタクマの姿はない。
「あぁ、相撲場にいるわよ」
「そうですか。じゃあ行ってみます。失礼します」
相撲場の扉を開ける。
ブタクマはマットの掃除をしていた。
「来たか」
ブタクマは息を吐いて、
「お前やり残したことがあるんじゃないか?お前は一度も俺に勝ってないだろう」