“コスメティックもろざし”〈六十二〉
知子はこの大会のことを思い出す時、渡辺さんが胡桃皮さんに負けたこと、一回戦の相手がやたら強かったこと、どうやら柔道で国際大会に出るほどの選手だったらしい、それと胡桃皮さんとの決勝戦しか思い出せない。完全に一回戦から決勝戦までの間が抜け落ちている。
それもしょうがない。知子は思う。心に刻んだ思い出はあまりに大きすぎて、記憶の枠内からどうでもいいことを押し出してしまったに違いない、と。
それなら一向にかまわない。あれほどの思い出が残るのならば。
知子は順調に決勝まで来た。胡桃皮さんも同じく決勝へ。
果たして自分の相撲があの胡桃皮さんに通じるのか?
知子を不安が襲う。緊張、恐怖、虚勢、をない交ぜにした感情。吐き気すらしてくる。
だが決勝戦まで時間はわずかしかない。時計の秒針は誰にでも無慈悲に動き続ける。
ふと、「ブタクマと胡桃皮さん、どちらがつよいのだろう?」という疑問が頭をよぎる。
知子はいまだブタクマに勝ったことがない。何千何万と挑んだがすべて跳ね返された。
「きっとブタクマのほうが強いんだろうな」
知子はつぶやいて土俵に上がる。その目は先ほどまでの八方ふさがりの目と違い、光り輝いている。闘争心の光だ。
土俵上で相対する知子と胡桃皮さん。体格は互角。
場内のボルテージが沸きに沸く。観客なんかほとんどいない。大体が関係者だ。だからこそ沸く、この一戦への興味はそこいらのおっさん達とは違うのだ。渡辺さん対胡桃皮さんの場合は、渡辺さんが時代を取り戻すかどうかの闘いであった。奇しくも知子と胡桃皮さんの対戦は、新しい時代を確固たるものとした胡桃皮さんから知子が時代を取るかどうかの闘いだ。胡桃皮さんが不動の地位を見せつけるのか、知子が胡桃皮さんの築いてきたものを吹き飛ばすのか。
そしてなにより、
「知子は強い。胡桃皮さんは強い。ではどっちが強いんだ?」
という命題めいた強烈な興味。そしてこの命題の答えは禅問答のように形無きものではなく、格闘技の宿命、今まさに土俵の上で雌雄を決しようとしている。関係者はまばたきを忘れるほど土俵上の2人を見つめ、社会的多数から見た彼女達2人は決して美しい姿とは言えないが見とれてさえいる。
ブタクマも見つめている。思えばこの一戦が己の相撲人生の集大成になるのかもしれない。知子が卒業したら相撲部はどうなるかしらない。この先自分が相撲に関わるかしらない。
勝ち負けはどうでもいい。ただ悔いの無いよう、持っているものすべてをぶつけるんだ。ブタクマは祈るように願う。
まったなし。
知子は前回対戦時とは違い、しっかり腰を落とした。細い蜘蛛の糸一本を切らさぬよう張りつめるイメージ、ギリギリの前傾姿勢。
はっけよい。
知子はその糸を切って、エネルギーを解き放った。
続
それもしょうがない。知子は思う。心に刻んだ思い出はあまりに大きすぎて、記憶の枠内からどうでもいいことを押し出してしまったに違いない、と。
それなら一向にかまわない。あれほどの思い出が残るのならば。
知子は順調に決勝まで来た。胡桃皮さんも同じく決勝へ。
果たして自分の相撲があの胡桃皮さんに通じるのか?
知子を不安が襲う。緊張、恐怖、虚勢、をない交ぜにした感情。吐き気すらしてくる。
だが決勝戦まで時間はわずかしかない。時計の秒針は誰にでも無慈悲に動き続ける。
ふと、「ブタクマと胡桃皮さん、どちらがつよいのだろう?」という疑問が頭をよぎる。
知子はいまだブタクマに勝ったことがない。何千何万と挑んだがすべて跳ね返された。
「きっとブタクマのほうが強いんだろうな」
知子はつぶやいて土俵に上がる。その目は先ほどまでの八方ふさがりの目と違い、光り輝いている。闘争心の光だ。
土俵上で相対する知子と胡桃皮さん。体格は互角。
場内のボルテージが沸きに沸く。観客なんかほとんどいない。大体が関係者だ。だからこそ沸く、この一戦への興味はそこいらのおっさん達とは違うのだ。渡辺さん対胡桃皮さんの場合は、渡辺さんが時代を取り戻すかどうかの闘いであった。奇しくも知子と胡桃皮さんの対戦は、新しい時代を確固たるものとした胡桃皮さんから知子が時代を取るかどうかの闘いだ。胡桃皮さんが不動の地位を見せつけるのか、知子が胡桃皮さんの築いてきたものを吹き飛ばすのか。
そしてなにより、
「知子は強い。胡桃皮さんは強い。ではどっちが強いんだ?」
という命題めいた強烈な興味。そしてこの命題の答えは禅問答のように形無きものではなく、格闘技の宿命、今まさに土俵の上で雌雄を決しようとしている。関係者はまばたきを忘れるほど土俵上の2人を見つめ、社会的多数から見た彼女達2人は決して美しい姿とは言えないが見とれてさえいる。
ブタクマも見つめている。思えばこの一戦が己の相撲人生の集大成になるのかもしれない。知子が卒業したら相撲部はどうなるかしらない。この先自分が相撲に関わるかしらない。
勝ち負けはどうでもいい。ただ悔いの無いよう、持っているものすべてをぶつけるんだ。ブタクマは祈るように願う。
まったなし。
知子は前回対戦時とは違い、しっかり腰を落とした。細い蜘蛛の糸一本を切らさぬよう張りつめるイメージ、ギリギリの前傾姿勢。
はっけよい。
知子はその糸を切って、エネルギーを解き放った。
続