“コスメティックもろざし”〈六十一〉 | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

“コスメティックもろざし”〈六十一〉

会場にいる人達の視線は土俵に釘付け。“てこ”を使っても離すことは出来まい。
土俵上で相対する渡辺さんと胡桃皮さん。開幕戦にしては豪華すぎるマッチメイク。
胡桃皮さんが頂点を盤石のものにするのか、渡辺さんが時代を取り戻すのか。決する時は間近。
まったなし。
無音、静けさが俵にしみいってしまいそうだ。
静寂の世界を切り裂いて、2人が動いた。
互いの全力を尽くしたぶちかまし。やや渡辺さんの体勢が崩れた。
胡桃皮さんはここぞとばかりに攻勢をかける。渡辺さんはなんとか組み手を得意の形にしようとするのだが、時すでに遅し。隙のない胡桃皮さんは渡辺さんになにもさせず、ずずずっ、と後退させていく。
がっちり捉えられたまま、最後は吊り出し。渡辺さんは足をばたつかせることしか出来なかった。
豪快に圧倒しての勝ち。あまりのあっけなさに会場の反応が薄い。
知子も、まさか、という思いでいっぱいだ。
渡辺さんは凄く強い。だが胡桃皮さんはもっと強かった。もはやその実力は別次元にあると言っても過言ではない。
圧倒的な強さ、衝撃が知子のもやもやを吹き飛ばす。渡辺さんが負けるのはイヤ、かといって胡桃皮さんが負けるのはイヤ。そんな考え、胡桃皮さんの前ではむなしいものに過ぎなかった。
背筋に冷たい汗を感じながら知子は自分の出番に向けてウォーミングアップを再開する。
ちらりと横目で渡辺さんを見る。タオルを頭からかぶりうずくまっている。
話しかければ渡辺さんは明るく対応してくれるだろう、しかし、かける言葉などあろうはずがない。
「思い上がるな。私はなにも出来ない。今は相撲をとるだけ」
ほっぺをぱんぱんと張り、知子は何度も頭の中で言葉を浮かべる。
もう出番だ。
土俵に上がる。
緊張で体がガチガチになっていることが手に取るようにわかる。息をしているかどうかもわからない。
相手を見る。土俵に上がる前は小さく見えたが、いざ正面に立たれると…でっかく……とはさすがに見えないが、小さくも見えない。
取組が始まる。
十分に腰を落としてタメをつくる。
はっけよい。
知子はおもいっきり相手にぶつかる。並の相手なら吹き飛んでしまう知子のぶちかましだ。が、どっしりと受け止められた。ましてや80キロそこそこ、相撲の世界では並以下の体重の相手に。
組み合った瞬間、
「お、重い」
と、知子は思った。体格以上に相手が重い。相手の隙をつくろうと右に左に揺さぶろうとしているのだが、相手は地面に吸いついているよう、根をはったよう、動かない。
がっぷり四つに組んだまま土俵中央で2人は止まっている。
知子は状況を打破しようと一歩踏みこんだ。
相手はその足のひざに横から強烈な足払いを食らわした。
知子の体がわずかにぶれる。相手は勝負に打って出た。知子の踏み出した足を片手で脇に抱える。
否、抱えようとした。
が、知子とて生半可な者ではない。知子は相手が足を取りに来ることがわかると一気に相手を吊り上げた。相手も攻めに集中して防御がおろそかになったとみえる。
知子は相手のまわしを自分の胸のあたりまであげた。相手は下半身を吊り上げられ、知子の足にしがみついている形だ。
足を取られて動けないものの勝負あり。知子は相手をひっくり返して背中から後方に投げる。
相手は脇腹から土俵に落ちた。