“コスメティックもろざし”〈五十〉
ブタクマは次の練習で相撲をとることにした。
相手は知子だけなので、今までのぶつかり稽古と特に変わりはないように思えるが、やはり、違う、もののようだ。
体は知子との練習で少しずつ勘を取り戻していた。が、精神面ではいまだに“相撲”を引きずっている。相撲が怖い、闘争をするのが怖かった。
しかし今知子を見捨てるわけにはいかない。かつての自分と同じ目を、同じく人に裏切られた知子を暗闇の中から救うことが出来るのは俺しかいない。事実薄皮を剥がすように知子は以前の輝きを放つようになってきた。それでも一度暗闇を知ってしまった者はそれを消し去ることは出来ない。心のどこかに隠して封印したり、認めて共存していくことは出来ても消し去ることは出来ないことをブタクマはわかっている。
そしてその出来事と向き合わなければならない時が必ず来ることを。
ブタクマは自分と知子の未来の為に歩き出した。
草刈部屋の前に着く。
草刈部屋は相撲界から完全に姿を消している。ただ依然として建物は残っていた。
ブタクマは部屋の前の道路に寝転んだ。
階段から転げ落ちた時と同じ位置、おそらく、同じ形。
電信柱の裏からおばさん達がひそひそとブタクマを指差してはいるが、ブタクマは静かに目を瞑る。記憶が走馬灯のように次々と展開していく。
通常走馬灯のようにと言えば産まれた時から順々に観るものと相場は決まっているが、ブタクマはまったくの逆、現在の自分から激流を遡る鮭のように産まれた川へと上っていく。
たどり着いた上流、流れが速く休めるものではない。己の全生命を賭けた生命の放出。死から生まれる生命。生きている限りつきまとう死。生と死のリンク。
ブタクマは静かに目を開けた。おばさん達の数が増えていること。車が通れずにアホみたいにクラクションを鳴らしている音が聞こえてきた。
ブタクマは立ち上がり部屋の玄関へと歩を進める。
ふぅー、と、大きく息を吐いて反転、スタスタと部屋の入り口の柱に近づいた。
ドカッ、
鉄砲一発。ビリビリと空気、大地が震える。もの凄い衝撃。おばさん達も黙りこんだ。
そしてブタクマは部屋を後にした。
木目調だが中身はコンクリートの柱に手形がくっきり残っていた。
このちょっとした騒動を、部屋の3階、カーテンの陰から一部始終を見ていた人物がいたことを誰も気づいていない。
「あいつ…、死んだと聞いたが…」
その人物はそっと闇の中へと消えていった。
続
相手は知子だけなので、今までのぶつかり稽古と特に変わりはないように思えるが、やはり、違う、もののようだ。
体は知子との練習で少しずつ勘を取り戻していた。が、精神面ではいまだに“相撲”を引きずっている。相撲が怖い、闘争をするのが怖かった。
しかし今知子を見捨てるわけにはいかない。かつての自分と同じ目を、同じく人に裏切られた知子を暗闇の中から救うことが出来るのは俺しかいない。事実薄皮を剥がすように知子は以前の輝きを放つようになってきた。それでも一度暗闇を知ってしまった者はそれを消し去ることは出来ない。心のどこかに隠して封印したり、認めて共存していくことは出来ても消し去ることは出来ないことをブタクマはわかっている。
そしてその出来事と向き合わなければならない時が必ず来ることを。
ブタクマは自分と知子の未来の為に歩き出した。
草刈部屋の前に着く。
草刈部屋は相撲界から完全に姿を消している。ただ依然として建物は残っていた。
ブタクマは部屋の前の道路に寝転んだ。
階段から転げ落ちた時と同じ位置、おそらく、同じ形。
電信柱の裏からおばさん達がひそひそとブタクマを指差してはいるが、ブタクマは静かに目を瞑る。記憶が走馬灯のように次々と展開していく。
通常走馬灯のようにと言えば産まれた時から順々に観るものと相場は決まっているが、ブタクマはまったくの逆、現在の自分から激流を遡る鮭のように産まれた川へと上っていく。
たどり着いた上流、流れが速く休めるものではない。己の全生命を賭けた生命の放出。死から生まれる生命。生きている限りつきまとう死。生と死のリンク。
ブタクマは静かに目を開けた。おばさん達の数が増えていること。車が通れずにアホみたいにクラクションを鳴らしている音が聞こえてきた。
ブタクマは立ち上がり部屋の玄関へと歩を進める。
ふぅー、と、大きく息を吐いて反転、スタスタと部屋の入り口の柱に近づいた。
ドカッ、
鉄砲一発。ビリビリと空気、大地が震える。もの凄い衝撃。おばさん達も黙りこんだ。
そしてブタクマは部屋を後にした。
木目調だが中身はコンクリートの柱に手形がくっきり残っていた。
このちょっとした騒動を、部屋の3階、カーテンの陰から一部始終を見ていた人物がいたことを誰も気づいていない。
「あいつ…、死んだと聞いたが…」
その人物はそっと闇の中へと消えていった。
続