“コスメティックもろざし”ダシはとれた〈44〉
周りが、墨汁をぶちまけたみたく、真っ黒になったような帰り道、通りがかった、子供の頃から外装が変わらないケーキ屋さん。
ショーウインドウに並ぶショートケーキだけが輝いて見えた。
知子は産まれてから一度もケーキを買ったことが無い。
父である信蔵がひどく嫌っているからだ。
それは信蔵が知子を太らせない為に、知子を大事に思うが故に自身の愛を知子に求めないことから発するものだ。信蔵は知子を愛している。だから太らせたい、が、しかしそれは知子を肉体的、精神的に追い詰めることは明白である。
妻悦子への愛、己から知子への愛、亡き妻から知子への愛、それらが混じりあったギリギリの愛なのだ。
家に入るなり知子はカバンをぶん投げて、ケーキの入った箱をかきむしるようにして開けた。
ライオンが獲物の臓物を食いちぎるかのようにショートケーキに食らいつく。
ショートケーキに巻きついていたビニールが口から垂れる。
構わずに食らい続けあっという間に食い終わった。
続けて2個目も同様に食らう。
最後の1個にかじりつく。
最後のイチゴを口に入れた時、
ガチャリ、
と、音がした。
するはずの無い音に驚いて振り返ると、そこには書斎から出て来た父がいた。
「やぁ知子、おかえり。……………サボタージュだよ、あんな仕事クソだ」
信蔵の目はどこか虚ろだった。
父の登場に一瞬驚いた知子だったが速い身のこなしで自分の部屋に入っていった。
父との仲は悪くないが、今父と話しをする心境ではない。ましてや一目見て父が“ハレの日”だとわかったのなら尚更だ。
「なんだぁ、パンダみたいな顔して………………ん?」
信蔵はテーブルの上に食い散らかされたケーキの残骸を見た。
泣き顔の娘と食い散らかしてあるケーキ、現状を汲み取った瞬間信蔵の愛が爆発した。
信蔵は笑顔を浮かべてぶつぶつとつぶやきながら家を出て行った。
知子は枕に顔を埋めて動かない。
枕からは頬についた生クリームのせいか、甘い甘いミルクの匂いがした。
「お母さん……………」
知子が枕に向かってそうつぶやいたのは、実に小学校低学年以来のことだった。
眠ったのか眠らなかったのかはわからない。
気がつくと陽が昇っており、猛烈な空腹感に襲われていた。
抗う術も無く知子は体を動かして部屋を出た。
冷蔵庫を開ける。
冷蔵庫の中には隙間も無いほどいっぱいのケーキ、チョコ菓子、プリン、そしてジュースにミルク。
知子は驚いた。この家ではあり得ないことなのだ。
しかしそれがあり得ている。
テレビを点ける。
そこにはいつも通りちゃんと父が写っている。
信蔵は笑っていた。
テレビを消す。
知子は心に開いた大きな空白を埋めるようにケーキ、チョコ菓子、プリンを、ジュースとミルクで流し込んだ。
知子が産まれてから18年目、信蔵は再び幸せに包まれた。
知子は産まれてから18年目、初めて自暴自棄に陥った。
続
ショーウインドウに並ぶショートケーキだけが輝いて見えた。
知子は産まれてから一度もケーキを買ったことが無い。
父である信蔵がひどく嫌っているからだ。
それは信蔵が知子を太らせない為に、知子を大事に思うが故に自身の愛を知子に求めないことから発するものだ。信蔵は知子を愛している。だから太らせたい、が、しかしそれは知子を肉体的、精神的に追い詰めることは明白である。
妻悦子への愛、己から知子への愛、亡き妻から知子への愛、それらが混じりあったギリギリの愛なのだ。
家に入るなり知子はカバンをぶん投げて、ケーキの入った箱をかきむしるようにして開けた。
ライオンが獲物の臓物を食いちぎるかのようにショートケーキに食らいつく。
ショートケーキに巻きついていたビニールが口から垂れる。
構わずに食らい続けあっという間に食い終わった。
続けて2個目も同様に食らう。
最後の1個にかじりつく。
最後のイチゴを口に入れた時、
ガチャリ、
と、音がした。
するはずの無い音に驚いて振り返ると、そこには書斎から出て来た父がいた。
「やぁ知子、おかえり。……………サボタージュだよ、あんな仕事クソだ」
信蔵の目はどこか虚ろだった。
父の登場に一瞬驚いた知子だったが速い身のこなしで自分の部屋に入っていった。
父との仲は悪くないが、今父と話しをする心境ではない。ましてや一目見て父が“ハレの日”だとわかったのなら尚更だ。
「なんだぁ、パンダみたいな顔して………………ん?」
信蔵はテーブルの上に食い散らかされたケーキの残骸を見た。
泣き顔の娘と食い散らかしてあるケーキ、現状を汲み取った瞬間信蔵の愛が爆発した。
信蔵は笑顔を浮かべてぶつぶつとつぶやきながら家を出て行った。
知子は枕に顔を埋めて動かない。
枕からは頬についた生クリームのせいか、甘い甘いミルクの匂いがした。
「お母さん……………」
知子が枕に向かってそうつぶやいたのは、実に小学校低学年以来のことだった。
眠ったのか眠らなかったのかはわからない。
気がつくと陽が昇っており、猛烈な空腹感に襲われていた。
抗う術も無く知子は体を動かして部屋を出た。
冷蔵庫を開ける。
冷蔵庫の中には隙間も無いほどいっぱいのケーキ、チョコ菓子、プリン、そしてジュースにミルク。
知子は驚いた。この家ではあり得ないことなのだ。
しかしそれがあり得ている。
テレビを点ける。
そこにはいつも通りちゃんと父が写っている。
信蔵は笑っていた。
テレビを消す。
知子は心に開いた大きな空白を埋めるようにケーキ、チョコ菓子、プリンを、ジュースとミルクで流し込んだ。
知子が産まれてから18年目、信蔵は再び幸せに包まれた。
知子は産まれてから18年目、初めて自暴自棄に陥った。
続