“コスメティックもろざし”〈三十五〉 | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

“コスメティックもろざし”〈三十五〉

「今だ」
体育職員室から最後の教師が出てきたのを見届けた知子は足音を消し、開ける時、ギギィ、と音が鳴る体育職員室の扉を細心の注意を払い、しかし大胆に開けて中に入った。
「よし、誰もいない」
確認した知子は一気に目的の場所に近づく。
いつ誰が帰ってくるかわからない。仕事は早ければ早いほどいい。
おもむろに三段目の引き出しを掴み、引っ張る。
カチャカチャいう音だけが響く。
当然の如く鍵は掛かっている。
ならばと知子は一段目の引き出しを掴み、引っ張った。
カチャリ
………………なんと一段目の引き出しにも鍵が掛かっていて開かない。これでは三段目の引き出しを開けることが出来ない。万事休す。
知子は数瞬動きを止めた。
しかし次の瞬間、カバンの中からマイナスドライバーと木槌を取り出した。
こんな事もあろうかと休み時間に校舎の裏手にある用具置き場から入手していたのだ。
知子の心の内は、空き巣のはずが住人に見つかり強盗へと変わる泥棒、の心境に似る。
罪が重くなろうが今の状況を打破出来ればそれでいい。
知子は片膝を立てて、マイナスドライバーを三段目の引き出しの鍵口にあてる。
ほんとにこんなんで開くのかな?
映画でありそうじゃない。
結構な音が出ると思うわ。
この際しょうがない。
気合い、気合いさえ込めればなんとかなるわ。

オラァァァアアァァァ

知子は脳内で叫びながら木槌をマイナスドライバーの尻に向かって振り下ろした。しかし木槌が速度を得たまさにその時、
ガチャ…ギギギギィ
体育職員室の扉が勢いよく開く音がした。
「し、しまったぁ」
声には出さず、ただただギョッとした顔で扉の方を振り返る。
音を聞いた瞬間から知子は、交通事故にあった人が語る事故にあう直前のスロモーションな感覚に入った。
扉の方へと振り返る僅かな間に、木槌がマイナスドライバーへ“ゆっくり”振り下ろされていくのを見た。
止めなきゃ。
知子は思い、右腕に命令する。
が、右腕は止まらない。
まずい。
知子は段々とマイナスドライバーの尻に近づいていく木槌を見ながら“考え”た。
これならどうだ。
知子が扉を振り返り見た時、木槌はマイナスドライバーの尻…ではなく、親指の付け根を叩いた。
考えた通り木槌の軌道をズラすことには成功したのだが、
「あつっ」
激痛に貫かれた知子は振り返ると同時に左手をお腹に押し当ててうずくまってしまった。
さすがにここまでは考えが及ばなかったようだ。
はっと我に帰った知子は冷や汗が場所を問わず体全体から流れ出ていることを知覚する。
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう…
知子は顔を上げることも出来ずにその場で固まってしまった。
「あら、知子じゃない。ちょうどよかった、あなたのこと捜してたのよ」
体育職員室に入ってきた人物が、土下座に近い形で動かない知子に話し掛けた。