“コスメティックもろざし”再開は始まりの鐘(三十三) | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

“コスメティックもろざし”再開は始まりの鐘(三十三)

「カブトムシって呼ぶな」
ブタクマをきりりと鋭く、内心うんざりしながら、睨む。
知子はあの日以来ブタクマの前では出来うる限り無難に過ごしていた。
なるべくブタクマに関わらぬよう、表面上では素知らぬ顔だが、必死に努めていた。
しかし今日、こんな日に限って、日々の努力は水泡と化した。
「………悪かったな、加府。とにかくカバンを見せろ」
ブタクマは知子のことを気に病んでいた。もうあの日のことは特に気にしていない。
むしろ酷いことをしたと思っているし、あの日から生徒達の間でのあだ名がブタクマとなり多くの生徒からそう呼ばれることで自身のトラウマと向き合うきっかけになった。そして今では我を忘れるほど憎んでいたブタクマというあだ名を好きになっていた。
当然だ。そう呼ぶのが珠のように陽気で無邪気な女学生なのだから。
彼女達のえくぼはブタクマからマイナスの記憶やイメージを遠ざけていく。
ブタクマは知子に感謝さえしている。出来れば仲良くしたいのだ。しかし、知子からは線を引かれ、知子の生徒内での立場や自身の恐い先生としての役割を考えるとどうしても歩み寄れなかった。
「なんで?別に遅刻してないじゃん」
知子はむっとして応える。知子は既にたくさんの野次馬を意識している。簡単に言いなりになるわけにはいかない。それに見られたくないものがカバンの中にある。
「そうだな………しかしそれとこれは関係ない。警官の職務質問と同じだ、目に留まった奴は調べる。……………ここではなんだ、チャリンコ置いて職員室に来い」
ブタクマもこの1年で学習していた。まずは知子を目に見えない力から離さなければならない。
ブタクマはスタスタと体育職員室のある校舎に向かう。
それを見た知子は、それでもうんざりしながら自転車置き場へとチャリンコを漕ぐ。
野次馬達は、え~これで終わりなの?、という言葉を秘めたため息を漏らす。しかしこれは知子にとってマイナスの要素になるものではない。
「ふぅ~」
息を吐いて知子はチャリンコの脚を降ろした。
その時後ろの窓が開き、「今カバンを渡せ」
と、ブタクマが顔を突き出して言う。
自転車置き場は体育職員室の裏にあるなのだ。
しまった、知子はカバンの中にあるブツを隠すタイミングを失い、またブタクマの素早い動作によりカバンを取られてしまった。
「早く来い」
そう言ってブタクマは窓を閉めた。
知子は軽くなった右肩をさすり重い足取りで体育職員室へと歩いていく。