“コスメティックもろざし”(三十二) | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

“コスメティックもろざし”(三十二)

校長室には恰幅のいい爺さんがデラックスな椅子に座っていた。
「君ぃ、聞いたよ。生徒を投げ飛ばしたんだって?………………やはり力士の血かねぇ……………いやいや、頼むよ。怪我が無かったからいいようなものだ」
「すいませんでした」
猪熊は頭を下げる。とにかく反省している。何に対してかは本人もいまいちわかってないのだが。
「うむ」
校長は軽く頷いて、
「私達が何故君を採用したのか。それは君が生徒にとって恐い存在になるのではないかと思ったからだ。この学校にはここ数年その存在が欠けていたからね」
「は、はい」
猪熊も頷く。基本的に会話は苦手だ。
「今回の件で生徒達には十分君が恐い存在だということが伝わっただろう。特に直接見ていない生徒達には効果てきめんだろう。ま、今回の件は通過儀礼のようなものだよ。わはは」
校長は口をつり上げて笑う。
「しかし君はやっぱり強いんだねぇ、いや私は格闘に目が無くてね。私自身も柔道、空手、レスリング、剣道、居合い、槍に弓、一通りはやってきたのだが、やはり本物の力士は迫力がある。いやぁ、力士というのはやはり………………………」
30分ほど校長の格闘論、武術論が続いた。
学校中に授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、
「おっといかん、どうも長がつく者は話が長い」
校長は笑って猪熊に職務に戻るよう告げた。
「親御さんには私から言っとくから」その言葉に猪熊は校長が頼れる人物だと認識した。
猪熊が出ていったあと、猪熊が持ってきた報告書に初めて目を通した校長は、
「…………加府知子の親っていうと………こりゃすんなりいくかな…………」
苦笑いを浮かべてつぶやいた。
この日から猪熊は生徒達からブタクマと呼ばれ、恐怖の存在として認識された。
ブタクマは自然と“法の門番”として真面目に厳しく生徒達を取り締まり、そのポジションを確固たるものとする。
知子も家庭では、こんな日に限って、珍しく早く家に帰ってきた父親が夕食後にかかってきた学校からの電話にキレて、和室にある胴田貫の模造刀をひっ掴み学校に乗り込もうとするのを泣きながら止める、ということがあったものの、この日以来あのブタクマに真っ正面から抵抗した者として全生徒から半ば伝説めいて語られる存在になり、結果こちらも学校生活において確固たるポジションを得た。
2人は当然、毎日のように学校内で会う。授業であったり廊下ですれ違ったり。
2人共陶器人形のようにつるりと起伏の無い態度で接して、それが周りに緊張感を持たせる、やり過ごしていた。
そうしてなんら事件は無く平和に1年が経った。


そして遂に2人が再び相まみえようとしているのを、2人の因縁を知っている野次馬達はまばたきを忘れるほど高まる好奇心を胸に抱いて、教室の窓から校庭の2人を凝視している。