“コスメティックもろざし”(三十一) | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

“コスメティックもろざし”(三十一)

「知子も猪熊先生も反省しなさい。ということです」
「はい…」
応接室のソファーに並んで座る2人、メイ子先生を前に借りてきた猫のよう。
事情聴取はすんなり終わる。
「じゃあ知子は教室へ帰っていいわ、それとももっと問題を複雑にする?猪熊先生をセクハラで訴えるとか、お父様にテレビで…」
「いえ、いいです。失礼します」
メイ子先生の話を遮って知子はそそくさと応接室を出ていった。
メイ子先生はやっぱり笑顔。
「さてと…」
メイ子先生は扉が閉まるのを確認して猪熊の方を見る。
「すいません。いきなり問題を起こしてしまって」
メイ子先生が話し出すより先に猪熊は平謝りに頭を下げた。なんとなく笑顔のメイ子先生が怖い。
「あら、いいんですよ。生徒から仕掛けたんでしょ。よくあることですよ。ここではね」
「は、はぁ」
猪熊は気が抜けた。
「それでも、やりすぎです。あなたは元力士なんだから加減してください」
メイ子先生の語気がぴしゃりと叩きつけるようなものに変わった。
一転して冷や汗が猪熊の背を伝う。
「うーん、どうやって話せばいいのか」
メイ子先生は困ったなぁ、というような顔と仕草をした。
「例えば男子校の生徒はテストでカンニングをします。女子校の生徒はしません。何故かわかります?」
「あ、えっと」
猪熊の答えを待たずしてメイ子先生は続けた。
「別に女は真面目で、男は卑怯だっていうんじゃないわ。男子校の生徒の場合教師にさえ見つからなければそれでカンニングは成功します。周りの生徒に見られてもその生徒はまず教師にチクったりしません。協力だってするでしょう」
そりゃそうだ、猪熊は思った。
「女子校の生徒の場合は違います。彼女達は、まぁ教師に見つかるのは論外ですけど、チクります。というよりもチクられることを知っていてそれを意識してます。だからしません。リスクが高すぎるから。言いたいことわかります?じゃあ共学はどうなんだ、って考えないでくださいね、例えなんですから」
猪熊はまさに、共学の場合はどうなるのだろう、と思っていた。顔が赤くなる。
「いいですか、彼女達はそういうギリギリの環境で生活しているのよ、誰もがなんらかの仮面を被って疑心暗鬼の海の中で泳いでいるんです。仮面を外したら溺れてしまいます。そして仮面を外してしまうものは、彼女達の本当の顔から出る弱みなの」
猪熊はわかっているのかどうか、目を丸くして聞いている。
「だから知子はあなたに喧嘩を売るようなことをしたし、絶対に折れなかったでしょ。それが知子の仮面で役目なの。知子はあなたに向かって喧嘩をしたのではなくて周りに向かってしていたのよ。折れたり泣いたりすることは弱みだから絶対に出来ないの、溺れてしまうから。あなたはそれをわかってあげないといけない」
「は、はい、すいません」
猪熊は謝罪の態度を示すのが精一杯だ。
「…………まぁここで教師をしてればすぐにわかるでしょう、ここはほとんどの職員が女性ですしね」
ふふっとメイ子先生は笑った。
もちろん私も仮面を被っているのよ、にぶい猪熊にも理解できた。
「だけどあなたがとった行動自体は間違いでは無いと思います。今までの先生はなにも出来なかった人が多かったから。きっと良い方向に転がるわ。じゃああとは校長に報告してくださいね。心配しなくても、話のわかる人ですから」
そう言って応接室を出ていく。
「あっそれと」
半分扉を開けた時メイ子先生は振り返り、
「女性には月に1度イライラする日があることはご存知ですよね?」
と、微笑みながら言った。
「えっ、は、はい」
猪熊が言い終わる前にメイ子先生は応接室を出ていった。