“コスメティックもろざし”これが大切なんです(二十八)
「えー、この度、このクラスの保健体育を担当することになった猪・熊・健・一です。」
名前を名乗りながら黒板に名前を書く。
振り向いて、
「今後ともよろしく」
生徒達はポカーンとしてその様子を眺めている。
「ではさっそく授業を始めますので教科書を用意してください」
猪熊先生の新学期最初の授業は休みの思い出を語る、と、新しくやってきた先生の最初の授業はコミュニケーションを図ることに費やす、の暗黙の了解をダブルで破る宣言にクラスの3分の1が反応する。
「え~、ちょっと待ってよ」
「教科書取ってきてねぇです」
「先生独身でしょ!?」
「全然イケてなぁい。最悪ぅ」
猪熊先生の笑顔にとっつきやすさを見出した生徒達、互いに予定調和なのだが、いいリアクションだ。
猪熊はさりげなく教室を観察する。
残りの3分の1は隣の友達と喋るのが忙しく、3分の1は文庫本を読んだり漫画を読んだり書いたり教科書に落書きしたりぽげぇっと窓の外を見ていたり午睡を楽しんでいたり詩を書いたりと自分のことで忙しい。
特に前の学校と変わらないな。男子校と女子校だからか?
猪熊は初めて見た女子高生だらけの光景の中に見覚えのある雰囲気を見つけて安堵感を覚えた。
「君達、学校は学ぶ場所だよ、君達一体何しに学校へ来ているのだ」
真剣な顔で叱る、フリをする。
「遊ぶ約束をする為です」
「将来立派なお嫁さんになるからでしょ」
「まずは先生のこと学びたいです」
「おっ、その発言ヤバくね」
「きゃはははは」
無駄に陽気、そして無邪気。
「しょうがないな、じゃあ何か質問ありますか?そういえば私も君達のことを知らなきゃならないしね」
と、猪熊が笑い声の隙間を縫って、これまた予定調和に語りかけた時、
「うるせぇよ、ご機嫌伺いやがって。むかつくんだよ!」
教室の後ろの方から怒鳴り声が響いた。
ワイワイガヤガヤしていた教室内が、ホコリひとつ落ちる音が聞こえてきそうなほどに静まり返った。
猪熊もただただ声がした教壇から真っ正面の最後尾を見ている。
教室を見渡した時に右左の隅々までは見たのだが、灯台下暗しとでも言うのかそこの空白部分に、いわゆる“イケてるグループ”と思われる、学生の力関係におけるヒエラルキーのトップ達が固まっているのにまるっきり気づかなかった。
剛の者である猪熊は大して驚いてはいない。怒鳴り声の大きさや内容は蚊に刺されたぐらいの感覚でしかない。
だが猪熊は真面目なのだ。
教師としてこの場をどうすればいいのか。怒る、叱る、諭す、無視する、どれが相応しい対応なのか。教師歴半年に満たない猪熊の思考は一時停止していた。
そこに出来た数瞬の間に、
「ブタみたいな顔しやがって、このブタクマが」
と、先程と同じ人物の声がした。
虎の尾を踏む、という言葉がある。
猪熊は誰にも触れられたくない、思い出すことさえ無意識に拒み続けている、が、確実に自分の後ろにひっついている暗いドロドロした尻尾を突然踏まれた。
これまで猪熊のことをブタクマと呼んだのはあの芽賀だけだったのだ。
知らずしていちゃもんをつけた生徒には、猪熊の理性がマチュピチュまで吹き飛んだことなどわかるはずがない。
続
名前を名乗りながら黒板に名前を書く。
振り向いて、
「今後ともよろしく」
生徒達はポカーンとしてその様子を眺めている。
「ではさっそく授業を始めますので教科書を用意してください」
猪熊先生の新学期最初の授業は休みの思い出を語る、と、新しくやってきた先生の最初の授業はコミュニケーションを図ることに費やす、の暗黙の了解をダブルで破る宣言にクラスの3分の1が反応する。
「え~、ちょっと待ってよ」
「教科書取ってきてねぇです」
「先生独身でしょ!?」
「全然イケてなぁい。最悪ぅ」
猪熊先生の笑顔にとっつきやすさを見出した生徒達、互いに予定調和なのだが、いいリアクションだ。
猪熊はさりげなく教室を観察する。
残りの3分の1は隣の友達と喋るのが忙しく、3分の1は文庫本を読んだり漫画を読んだり書いたり教科書に落書きしたりぽげぇっと窓の外を見ていたり午睡を楽しんでいたり詩を書いたりと自分のことで忙しい。
特に前の学校と変わらないな。男子校と女子校だからか?
猪熊は初めて見た女子高生だらけの光景の中に見覚えのある雰囲気を見つけて安堵感を覚えた。
「君達、学校は学ぶ場所だよ、君達一体何しに学校へ来ているのだ」
真剣な顔で叱る、フリをする。
「遊ぶ約束をする為です」
「将来立派なお嫁さんになるからでしょ」
「まずは先生のこと学びたいです」
「おっ、その発言ヤバくね」
「きゃはははは」
無駄に陽気、そして無邪気。
「しょうがないな、じゃあ何か質問ありますか?そういえば私も君達のことを知らなきゃならないしね」
と、猪熊が笑い声の隙間を縫って、これまた予定調和に語りかけた時、
「うるせぇよ、ご機嫌伺いやがって。むかつくんだよ!」
教室の後ろの方から怒鳴り声が響いた。
ワイワイガヤガヤしていた教室内が、ホコリひとつ落ちる音が聞こえてきそうなほどに静まり返った。
猪熊もただただ声がした教壇から真っ正面の最後尾を見ている。
教室を見渡した時に右左の隅々までは見たのだが、灯台下暗しとでも言うのかそこの空白部分に、いわゆる“イケてるグループ”と思われる、学生の力関係におけるヒエラルキーのトップ達が固まっているのにまるっきり気づかなかった。
剛の者である猪熊は大して驚いてはいない。怒鳴り声の大きさや内容は蚊に刺されたぐらいの感覚でしかない。
だが猪熊は真面目なのだ。
教師としてこの場をどうすればいいのか。怒る、叱る、諭す、無視する、どれが相応しい対応なのか。教師歴半年に満たない猪熊の思考は一時停止していた。
そこに出来た数瞬の間に、
「ブタみたいな顔しやがって、このブタクマが」
と、先程と同じ人物の声がした。
虎の尾を踏む、という言葉がある。
猪熊は誰にも触れられたくない、思い出すことさえ無意識に拒み続けている、が、確実に自分の後ろにひっついている暗いドロドロした尻尾を突然踏まれた。
これまで猪熊のことをブタクマと呼んだのはあの芽賀だけだったのだ。
知らずしていちゃもんをつけた生徒には、猪熊の理性がマチュピチュまで吹き飛んだことなどわかるはずがない。
続