“コスメティックもろざし”(二十七) | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

“コスメティックもろざし”(二十七)

太陽が夜を減らしきり、人々のつむじを見下ろした頃、猪熊の「新しくやってこられた先生からみなさんへの言葉」は無事終わり、学期始めの朝礼は校長の長い話を最後に終わった。
生徒達はおなかを鳴らしながら教室や学食や校庭に出張してくるパン屋や近くのコンビニ、ハンバーガーチェーン店へと思い思いに散っていき、午後の授業や部活に備える。
飢えた女子高生のうねり。ダイエットという言葉は禁句、それがルールだ。
ほとんどの職員は学食に行くか弁当を食べている。どこにいっても生徒に見られているからだ。学食は学校内であるから教師でいられるが、外に出れば当然ただの一般人、ただの客になり、生徒と同じ立場になる。それが嫌なのだ。下手をしたら面目を失いかねないと考えている。
猪熊も朝、おにぎり屋さんで買った天丼弁当を体育職員室で食っていた。
体育職員室で同僚になった体育教師達と談笑しながら食べる。女子校であるから体育教師であっても女性が多い。というより猪熊以外女性だ。猪熊は彼女達の、
「力士だったんだって?」
「どうしてくれるのよ、私が1番若かったのに」
「男の先生が来るのは2年ぶりなのよぉ」
「みんなすぐ辞めちゃうのよね、生徒とデキちゃって」
「猪熊先生はどうします?」
「あらいやだ、お茶かコーヒーかってことですよ」
といった他愛もない会話に、一瞬、ちゃんこ鍋を囲んで馬鹿話をしあった日々が脳裏をかすめた。
しかし矢継ぎ早に飛んでくる質問やからかいに対するリアクションに忙しく、思い出に浸ることは無かった。それは猪熊を少しほっとさせた。
あっという間に授業の時間になり、熊若丸も担当のクラスへと向かう。
教室へ繋がる長い廊下を歩いていると猪熊はウキウキしている自分に気づいた。
「生徒とデキて辞めていくってのはまんざら冗談じゃないのかもな。過去に実際あったのかもしれん」
そんなことを思っていたら目的の教室を行き過ぎてしまった。
教室内はクスクスと笑いが起きている。
しまった、と、思ったものの、それでもまだ猪熊はウキウキしていた。男社会の中で過ごしてきた猪熊には、笑顔の花が咲いている教室内が夢の世界に見えた。
教室に入り教壇に立つ。
この後起こる出来事、そしてその後の猪熊からは想像出来ない笑顔をつくり、挨拶をした。