“コスメティックもろざし”(十二) | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

“コスメティックもろざし”(十二)

「あぁ、いえ、なんでも。……思い出しましたよ、…根来さん」
「そうですか、それはよかった」
言い終わったあと、ぬらりひょんは胸ポケットからタバコを取り出し火をつける。そして大きく煙を吐いてから熊若丸の目を見る。その目はとても冷たい目だった。
「ところで熊若丸さん、ご存知ないとは思いますけどね、実はこの草刈(くさかり)部屋はね、今日で終わりなんですよ、はははっ」
「……………えっ?」
「いやね、もうやめるんですって。親方も力士達も全員やめるって言うんですよ。はははっ、ねぇ、困ったもんですねぇ、はははっ、まったく、ねぇ」
「………………」
熊若丸はわからなかった。今日はわからない日だ。部屋の玄関を開けた時からわからない。誰も出てこなかった時も親方に無視されたことも今ぬらりひょんが言ったこともわからない。親方と力士達がやめるって言ってる?わからない。
「俺はやめるとは言ってない」
熊若丸は誰に対してでもなく口から漏れるようにつぶやく。
「あなたは“クビ”だそうですよ、はははっ、大変ですね、いやまったく、ねぇ」
「ク…ビ…?」
熊若丸はわからない。
「そう、もう二度とここに来るな。力士だったことも忘れろ、って親方が、ははははははっ、ねぇ、はははっ、はっはっはっ」
ぬらりひょんは笑っていた。心の底から笑っているようだった。のっぺりした顔いっぱいにバグ犬みたくシワを寄せている。
「…………………」
熊若丸はわからない、しかし心の底からふつふつと湧いてくる感情を感じる。といってもそれが何の感情なのかさえわからない。
こいつを殴ろう。殴り殺してやろう。熊若丸はただただ素直に、感情に身を任せることにした。
目の前で今や腹を抱えながらピクピクしているぬらりひょんに向かって岩のような拳を振り上げ、ぬらりひょんの無防備なテンプル(こめかみ)へと振り下ろした。