“コスメティックもろざし”(八) | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

“コスメティックもろざし”(八)

熊若丸が事故以来初めて部屋を訪れたのは1年後のことだ。1年間まるまる入院していた訳ではなく、入院期間は1ヶ月半ほどであった。その1ヶ月半の間、入院3日目に親方が見舞いにきた以外、部屋の人間は見舞いに来なかった。電話をしても誰も出ない。熊若丸は密かに落ち込んだ。産まれて初めて悩んだ。俺は嫌われていたのか。俺は仲間外れになったのか。熊若丸のショックは見込みのたたない怪我の回復に対する不安と相まって、日本海溝の如く暗く、深く、重く心に刻まれていった。入院して18日目本格的なリハビリを開始した。リハビリ初日に熊若丸は自力で歩くことができた。医者達は目を丸くして驚き、
「凄い」
「さすが関取だ」
「いやぁ、化け物ですね」
「人間じゃないね」
と、熊若丸を褒め称えた(?)。根は単純な熊若丸。それだけに一旦落ち込んだら、落ち込めるだけ落ち込んだ。しかしまた浮上するときも一気に浮上した。この場合、事故以来初めて自分の目の前に“希望”がやってきたのだ。リハビリ医から発せられる賛辞の言葉達が、熊若丸にとってどれだけ頼もしく輝かしいものであったか。熊若丸の顔は上を向いた。賛辞の言葉を浴び続けたほんの数十日前の顔と同じ表情。表情に引っ張られるよう考えも変わった。
部屋の奴らは俺を待っているんだ。今は敢えて俺に会いにこないんだ。俺に強くなって戻ってきてほしいんだな。いわば試練、愛の鞭だ。
こういう時期、などあまり無いかもしれないが、人はあまりにも自分にとって都合のいいことばかり考えてしまう。それが良いことなのか良くないことなのかはわからないが、熊若丸にとっては最悪の結果になった。