“コスメティックもろざし”耳を傾ける(三) | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

“コスメティックもろざし”耳を傾ける(三)

知子が産まれて18年目、信蔵は再び幸せに包まれることになる。
ある夏の終わり、信蔵は、信蔵が苦労して手に入れた“ビクターの犬”の蓄音機を眺めて、難しい顔をしている。難しい顔をしているのは、50を過ぎたオヤジが1人家の中でニヤニヤしているのは如何なものか、という意識があるからなのだが、脳は表情を汲み取って、頭の中に渦を巻き始める。思想、主義、宗教、心理、社会情勢、思春期、死。
“し”が染み着いてやがる。
頭の中で様々な言葉や言葉にならないイメージが渾然一体となってあちらこちらを暴走する。誰だ、火を持ち出したのは。火炎瓶は不発したが、原爆は辺り一面をペンペン草1本生えない土地に変えた。雨が降り続け、爆心地は湖になった。雲が退き、湖に一筋の光が差し込んだならば、珠のオーラにくるまれた赤ん坊が水面に浮かびあがるのに理由はいらなかった。
知子。
俺はかつて娘を一度でも愛したことがあるのだろうか?
うなだれた信蔵に大脳新皮質は容赦なく鞭を打ち、今まで何度も開けそうになり、その度に幾重にも封印を施してきた扉を開けさせようとするのであった。