灰皿と灰とけむ猫(11)最終回
あかりが通っている幼稚園のことはすぐに調べがついた。尚が考えていたよりここいらの幼稚園の数は多かったが、禿げたジジイが園長をやっている幼稚園は、土地柄寺院も多く、たくさんあったが、しかし、しろう、四郎、という禿げたジジイが経営している幼稚園は一つしかなかったからだ。伊那荘から徒歩三十分程、線路を越えた街の東の私立幼稚園。玉柳姫幼稚園。郵便局を左に曲がったとこ。近くにコンビニがあって便利だ。
「はい、次は猫ちゃんのポーズ、はい、ポーズ」
ある時には人工芝の庭の上で、あの体操着を着た園児達が太極拳をしていた。猫ちゃんのポーズで調和している園児の中、あかりは一人、周りとは明らかに違う、ヘンテコなポーズを決めていたのですぐに見つけることが出来た。
「グーチョキパーでグーチョキパーでなにつくろう♪なにつくろう♪右手はチョキで♪左手はグーで♪野茂英雄♪野茂英雄♪」
ある時には教室の中でオルガンのリズムに乗り、保母さんの趣味なのか、なんだかよくわからない手遊びをしていた。テレビドラマの影響からだろうか、あかりは一人、グーとグーをつくり、大人しく縛につくポーズをしていた。あかりという名前とは対照的に、明るい周りの園児達の中で一人、うなだれ、故郷のおっかさんに会ったら泣き崩れてしまいそうな雰囲気を醸し出していた。尚は、不憫な娘だ、と思った。
ある時にはけむねこと一緒に行った。幼児の群を見たけむねこは、嫌だなぁ、と、思ったに違いない。
ある時には幼稚園でバザーをやっていた。園児の手にはひねくれた風船と破裂寸前のヨーヨー。保護者達の目をかいくぐりながら遊ぶ一部の園児達。あかりがなにをしていたかわからない。あかりの母親、元妻がいる可能性があったので、尚はバザーをやっているのを視認すると、すぐに踵を返したのだった。
ある時には園長と目があった。保育士達から、やかん、と呼ばれるのもわかる。怒ったら頭から湯気でも出たのだろう。
決して近付きすぎぬよう。
決して声をかけぬよう。
決して声をかけられぬよう。
ただし、それらを望みながら。
親子の関係や子供という清らかなる題に対して些か下品な喩えで悪いが、あかりの存在を知った尚の身に起こっているストレスは、性的欲求不満状態にあるのに決して達してはいけないオナニー、のようなものである。達しようとした時に母親が呼ぶ声。達しようとした時に仕事の電話。達しようとした時に宅配業者の鳴らすベル。達しようとした時に飼い犬に噛まれる。それら立ちはだかる障害を無視して達することは容易だ。しかし、その後待ち受ける事態を想像すれば、気まずい食卓、間に合わなかった仕事、入ってきた空き巣と鉢合わせ、使用済みティッシュを食う犬、快楽を優先せずオナニーを中断するのが人間の理性であり吉なのだ。尚の場合、あかりに接近すると待ち受けているものは、元妻との法廷闘争、ならばまだいい方である。オーバードーズした尚の愛情、劣情、孤独感、幸せを求むる心、多量に流れ込み且つトロトロになるまで煮詰められたそれら感情が理性の壁をすり抜けた時になにが起こるか、脳内で飛び散る微量の火花、発狂、あかりを誘拐しようとするだろう、幼稚園に殴り込むだろう、あかりを人質にして幼稚園に立てこもるだろう、あかりの母親を殺し
てしまうだろう、そして、あかりを殺して自分も死のうとするだろう。そんな事態を想像出来ぬ程尚は“正常”とされる人間ではない。容易に起こるであろう“禁断症状”を想像出来るからこそ、しない、のだ。ちなみに、オナニーをしたいけどしたくない、というパラドックス的な状態に陥ることが男にはある。そんな時男は普段決して見ることの無い、ひどいオカズ、で達し、達した後なんだかいつも以上にげんなりしてしまう生き物なのだ。尚の場合にこれを充ててみると…やめよう。
決して己の身の快楽を満たしてはならない。ただ、たまに遠くから、柵越しに、通行人を装いながら、見守るしかない。尚が、ある意味質が悪いが、よくできたストーカーになれたのはやはり親子愛の故か。帰り道、決まってコンビニで買う飲食物が虚しい。
卒園式の日に、尚は幼稚園に行かなかった。
あかりが通うであろう小学校の目星はついていた、が、
がちこん。
「…」
尚の耳に新しい痛みと新しいピアスがひとつ。尚は消毒液を耳に吹きかけるとタバコをくゆらし、あかりとの区切りを決心した。もう二度と逢うまい。灰皿に溜まる灰の量だけ涙を流して。
毛深い男の耳に、もう何個ピアスがつけられただろうか。痛みと引き換えに思い出を忘れぬよう。痛みと引き換えに思い出を引きずらぬよう。痛みと引き換えに押し殺したやるせなさ。開けられたピアスの数だけ尚が書く物語は生まれ、灰の中に消え去った。
アウフヘーベンすること無き季節が巡り、けむねこももう立派な成猫。白地の毛がタバコで黄ばんでアルビノのそれのようだ。尚は同じ季節を回り、回り、回り続けて、相も変わらぬ伊那荘生活。三十五歳。何度目かのタイムリミットを迎えている。
「なんか最近体調悪くてよぉ」
蜂谷のおっさんの顔から脂がなくなったような気がする。
「あら、あんた外し残しがあるわよ、クビねクビ。ていうかあんたってやっぱり気持ち悪いね。だはっ」
木根信子は去年初めて海外旅行に行き、タイで眉毛に墨を入れた。
「はぁ、うまくいかないもんだな、けむねこよ」
「…にゃ」
尚の差し向けた手を振り払うよう顔を背けるけむねこ。
「お前、お前も昔は愛嬌ってもんがあったんだよ?」
けむねこは尚の手の届かないタンスの奥に移動し始めた。
「小さい頃なんてやかましいぐらい脚にすり寄ってきてさ。ぴーんと尻尾立てて、ゴロゴロミャーミャーって。俺がどっか移動する度についてきたじゃないか。なあ、けむねこよ。こっちおいで、こっち」
バンバンと胡座をかいた膝を叩く尚。音だけが虚しく響く。
「はぁあ、…さてと」
尚はこたつに向かうと改めてノートを広げた。手には鉛筆。新しい小説の構想を練っているのだが、全く以てまとまらない。これは尚にしては珍しいことだ。今までなら、愚にもつかぬストーリーであるとはいえ、考えれば考えるだけアイデアが浮かんだ。もちろん、浮かべばいい、というものではない。未だに作家になれぬ現状がそれを証明している。
くるくると鉛筆を回しても、とりあえず適当に書き出してみても、鉛筆を鼻に入れてみても、ピンとくるものが無い。
「やっぱり駄目だ」
今までにアイデアが浮かばなかったことも無いでは無い。そんな時は喫茶店などに行き、金を払うことで、何か思いつかないと損、と、自分を追い詰め、アイデアをひねり出していたのだが、この大スランプ、既にそれは試して、失敗していた。
尚は外出の準備を始めた。じっとしていても何も浮かばないならとにかく体を動かすことが大事だと、とことん作家に向いていない尚と云えど、さすがに経験から気付いている。しかし、散歩をしたり、部屋の大掃除をしたり、走ったり、無目的に電車に揺られたり、思い付くことは既に試しての現状だ。取るべき手段は無い。しかし、思い付く、ことはした、が、思い付いてもしたくはない、ことはしていなかった。と、いっても、ストーリーキング等のことではない。
とうとう、尚はあそこへ向かってみることにした。以前よく通っていた道筋。心の中で封印していた背景。あかりの居た場所。おそらく今もあかりが住んでいる可能性が高い町へと。己の感情を揺さぶることで何か生まれるかもしれないと思ったからだ。日常に足りないスリルもある。
「ふふん、もし、これで逢うことがあったら、運命、ってやつさ」
自分に言い聞かせるよう、にたりと苦笑いを浮かべて呟く。日本人というものは、自分に言い聞かせること、により大概のことを乗り切る。自己欺瞞。あらゆる苦痛も、それが耐えられる範囲のものならば、己を客観視することにより苦痛から離れたもう一人の自分を作り出し、これがいい、いずれ役に立つ、苦労は買ってでもしろ、やり続けることに意味がある、やめることに意味がある、と、言い聞かせ、マゾヒスティックな陶酔を生み出し、とどのつまり「道」という世界を作り上げる。己一人では耐えられない苦痛や理解し難い出来事に直面した時、自分に言い聞かせることに都合がいいのが宗教であり、主義、思想、オカルトであり、運命論や占い、自分探しの旅、なんてものもそうだ。そんなものくだらない、醜い思考停止だ。と、尚は思っている。なるほど、答えが示されたなら簡単だ。しかし、今の尚が半分冗談半分本気で呟いたように、やはり自分に言い聞かせることというものは舐めてみると病み付きになる甘い蜜なのだ。
「けむねこ、けむねこ。散歩だよ。散歩」
嫌がるけむねこを無理矢理古びたペット用バッグに詰め込むと、
「いってらっしゃい」
台所にいた蜂谷のおっさんに送り出され、センチメンタルな旅へと、いざ、出発。
ぽてぽて歩き、揺れるけむねこ、たまに手を顎にあてて考える人の尚、しかしポーズだけでその実、何も、考える、といったことはしていない。ただ、本当に行くのか、と、逡巡してはいる。
「あらまぁ猫ちゃん連れてぇ」
今、おばさんはいらない。小心者の尚には珍しく無視して歩く。ちっ、後ろからおばさんの憎たらしげな舌打ちが聴こえたが、どうということはない。駅の線路を越えてから始まるスリルに比べれば、タウナギに噛みつかれたようなものである。
「さぁ、行くか」
ふぅ、深呼吸を一つして線路を渡る。尚が勝手に思い込んでいるだけだが、ここからは彼女達のテリトリー。二度と逢うまいと心に決めてから初めて踏み入れた。
まずはあかりと初めて逢った、というのも変な話だが、あの広い公園を散策。孔雀は今日も羽を広げて、けむねこはバッグの中で尻尾ゆらゆら。あかりの残り香を吸い込んだらまた別の残り香を求め、歩く。
郵便局を左に曲がる。玉柳姫幼稚園は休みだった。今日は勤労感謝の日であったことに尚は気がついた。幼稚園が休みだということは尚にとって都合が良かった。世代の違う園児達にイメージの邪魔をされないからだ。空っぽの人工芝の上に思い出のイメージを重ねる。左耳上から三番目のピアスを触る。繋がる時間。イメージはイメージの枠を飛び越え、庭の中でヘンテコなポーズを決めるあかりのビジョンは、まるで蜃気楼のように、段々とフィルム映像のように、はっきりと克明に浮かび、流れ、消え去った。尚の心は、思惑通り、揺れに揺れた。
午後1時。こんな時でも腹は空く。あのコンビニに寄り簡単な飲食物を買い、立ち食い。次は初めて赴く、あかりが通っていると尚が推測した、小学校だ。当然、休みで、がらんとした校庭、教室を眺めながら行き過ぎるだけだった。ここには重ねるべきイメージがない。妄想を重ねても、そこには、雌雄同体である多毛類の、釣り餌として重宝されるゴカイに於いて雌だけ千切れ取り残された雄、のような感情しか残らないのでしなかった。
「ああ、あかり、お前を感じていたい」
尚の口からぽつりと本音が漏れた。
帰り道、けむねこはバッグの外に出られなかったのでご機嫌斜めでふて寝、もはや新作の構想などというものは忘れ、幽鬼のように、ふらふら歩く。
「疲れたよ。疲れた。疲れたよ。疲れた疲れた」
道行く人々が尚を奇異の目で見るが、言葉を口に出したのか、頭の中で留めたのか、尚にはわからない。奇異の目で見られることはいつものことなのでそこから判断も出来ない。どうでもよかった。尚は何もかもがどうでもよくなってしまった。性欲からくるものならば、ひどいオカズで達すればある程度解決するのだが。
どうでもよくなってしまった割に足は真っ直ぐ伊那荘へと歩みを進める。もう少しで伊那荘だ。部屋に帰れば布団にくるまって泣くことだって出来る。蜂谷のおっさんと会話することだって出来る。改めて記しておくが、尚は三十五歳の毛深い男であり、某アイドル系タレント事務所に所属するアイドルとは、アマガエルと南米に生息しているピパピパ程違う。
「はい、次は猫ちゃんのポーズ、はい、ポーズ」
ある時には人工芝の庭の上で、あの体操着を着た園児達が太極拳をしていた。猫ちゃんのポーズで調和している園児の中、あかりは一人、周りとは明らかに違う、ヘンテコなポーズを決めていたのですぐに見つけることが出来た。
「グーチョキパーでグーチョキパーでなにつくろう♪なにつくろう♪右手はチョキで♪左手はグーで♪野茂英雄♪野茂英雄♪」
ある時には教室の中でオルガンのリズムに乗り、保母さんの趣味なのか、なんだかよくわからない手遊びをしていた。テレビドラマの影響からだろうか、あかりは一人、グーとグーをつくり、大人しく縛につくポーズをしていた。あかりという名前とは対照的に、明るい周りの園児達の中で一人、うなだれ、故郷のおっかさんに会ったら泣き崩れてしまいそうな雰囲気を醸し出していた。尚は、不憫な娘だ、と思った。
ある時にはけむねこと一緒に行った。幼児の群を見たけむねこは、嫌だなぁ、と、思ったに違いない。
ある時には幼稚園でバザーをやっていた。園児の手にはひねくれた風船と破裂寸前のヨーヨー。保護者達の目をかいくぐりながら遊ぶ一部の園児達。あかりがなにをしていたかわからない。あかりの母親、元妻がいる可能性があったので、尚はバザーをやっているのを視認すると、すぐに踵を返したのだった。
ある時には園長と目があった。保育士達から、やかん、と呼ばれるのもわかる。怒ったら頭から湯気でも出たのだろう。
決して近付きすぎぬよう。
決して声をかけぬよう。
決して声をかけられぬよう。
ただし、それらを望みながら。
親子の関係や子供という清らかなる題に対して些か下品な喩えで悪いが、あかりの存在を知った尚の身に起こっているストレスは、性的欲求不満状態にあるのに決して達してはいけないオナニー、のようなものである。達しようとした時に母親が呼ぶ声。達しようとした時に仕事の電話。達しようとした時に宅配業者の鳴らすベル。達しようとした時に飼い犬に噛まれる。それら立ちはだかる障害を無視して達することは容易だ。しかし、その後待ち受ける事態を想像すれば、気まずい食卓、間に合わなかった仕事、入ってきた空き巣と鉢合わせ、使用済みティッシュを食う犬、快楽を優先せずオナニーを中断するのが人間の理性であり吉なのだ。尚の場合、あかりに接近すると待ち受けているものは、元妻との法廷闘争、ならばまだいい方である。オーバードーズした尚の愛情、劣情、孤独感、幸せを求むる心、多量に流れ込み且つトロトロになるまで煮詰められたそれら感情が理性の壁をすり抜けた時になにが起こるか、脳内で飛び散る微量の火花、発狂、あかりを誘拐しようとするだろう、幼稚園に殴り込むだろう、あかりを人質にして幼稚園に立てこもるだろう、あかりの母親を殺し
てしまうだろう、そして、あかりを殺して自分も死のうとするだろう。そんな事態を想像出来ぬ程尚は“正常”とされる人間ではない。容易に起こるであろう“禁断症状”を想像出来るからこそ、しない、のだ。ちなみに、オナニーをしたいけどしたくない、というパラドックス的な状態に陥ることが男にはある。そんな時男は普段決して見ることの無い、ひどいオカズ、で達し、達した後なんだかいつも以上にげんなりしてしまう生き物なのだ。尚の場合にこれを充ててみると…やめよう。
決して己の身の快楽を満たしてはならない。ただ、たまに遠くから、柵越しに、通行人を装いながら、見守るしかない。尚が、ある意味質が悪いが、よくできたストーカーになれたのはやはり親子愛の故か。帰り道、決まってコンビニで買う飲食物が虚しい。
卒園式の日に、尚は幼稚園に行かなかった。
あかりが通うであろう小学校の目星はついていた、が、
がちこん。
「…」
尚の耳に新しい痛みと新しいピアスがひとつ。尚は消毒液を耳に吹きかけるとタバコをくゆらし、あかりとの区切りを決心した。もう二度と逢うまい。灰皿に溜まる灰の量だけ涙を流して。
毛深い男の耳に、もう何個ピアスがつけられただろうか。痛みと引き換えに思い出を忘れぬよう。痛みと引き換えに思い出を引きずらぬよう。痛みと引き換えに押し殺したやるせなさ。開けられたピアスの数だけ尚が書く物語は生まれ、灰の中に消え去った。
アウフヘーベンすること無き季節が巡り、けむねこももう立派な成猫。白地の毛がタバコで黄ばんでアルビノのそれのようだ。尚は同じ季節を回り、回り、回り続けて、相も変わらぬ伊那荘生活。三十五歳。何度目かのタイムリミットを迎えている。
「なんか最近体調悪くてよぉ」
蜂谷のおっさんの顔から脂がなくなったような気がする。
「あら、あんた外し残しがあるわよ、クビねクビ。ていうかあんたってやっぱり気持ち悪いね。だはっ」
木根信子は去年初めて海外旅行に行き、タイで眉毛に墨を入れた。
「はぁ、うまくいかないもんだな、けむねこよ」
「…にゃ」
尚の差し向けた手を振り払うよう顔を背けるけむねこ。
「お前、お前も昔は愛嬌ってもんがあったんだよ?」
けむねこは尚の手の届かないタンスの奥に移動し始めた。
「小さい頃なんてやかましいぐらい脚にすり寄ってきてさ。ぴーんと尻尾立てて、ゴロゴロミャーミャーって。俺がどっか移動する度についてきたじゃないか。なあ、けむねこよ。こっちおいで、こっち」
バンバンと胡座をかいた膝を叩く尚。音だけが虚しく響く。
「はぁあ、…さてと」
尚はこたつに向かうと改めてノートを広げた。手には鉛筆。新しい小説の構想を練っているのだが、全く以てまとまらない。これは尚にしては珍しいことだ。今までなら、愚にもつかぬストーリーであるとはいえ、考えれば考えるだけアイデアが浮かんだ。もちろん、浮かべばいい、というものではない。未だに作家になれぬ現状がそれを証明している。
くるくると鉛筆を回しても、とりあえず適当に書き出してみても、鉛筆を鼻に入れてみても、ピンとくるものが無い。
「やっぱり駄目だ」
今までにアイデアが浮かばなかったことも無いでは無い。そんな時は喫茶店などに行き、金を払うことで、何か思いつかないと損、と、自分を追い詰め、アイデアをひねり出していたのだが、この大スランプ、既にそれは試して、失敗していた。
尚は外出の準備を始めた。じっとしていても何も浮かばないならとにかく体を動かすことが大事だと、とことん作家に向いていない尚と云えど、さすがに経験から気付いている。しかし、散歩をしたり、部屋の大掃除をしたり、走ったり、無目的に電車に揺られたり、思い付くことは既に試しての現状だ。取るべき手段は無い。しかし、思い付く、ことはした、が、思い付いてもしたくはない、ことはしていなかった。と、いっても、ストーリーキング等のことではない。
とうとう、尚はあそこへ向かってみることにした。以前よく通っていた道筋。心の中で封印していた背景。あかりの居た場所。おそらく今もあかりが住んでいる可能性が高い町へと。己の感情を揺さぶることで何か生まれるかもしれないと思ったからだ。日常に足りないスリルもある。
「ふふん、もし、これで逢うことがあったら、運命、ってやつさ」
自分に言い聞かせるよう、にたりと苦笑いを浮かべて呟く。日本人というものは、自分に言い聞かせること、により大概のことを乗り切る。自己欺瞞。あらゆる苦痛も、それが耐えられる範囲のものならば、己を客観視することにより苦痛から離れたもう一人の自分を作り出し、これがいい、いずれ役に立つ、苦労は買ってでもしろ、やり続けることに意味がある、やめることに意味がある、と、言い聞かせ、マゾヒスティックな陶酔を生み出し、とどのつまり「道」という世界を作り上げる。己一人では耐えられない苦痛や理解し難い出来事に直面した時、自分に言い聞かせることに都合がいいのが宗教であり、主義、思想、オカルトであり、運命論や占い、自分探しの旅、なんてものもそうだ。そんなものくだらない、醜い思考停止だ。と、尚は思っている。なるほど、答えが示されたなら簡単だ。しかし、今の尚が半分冗談半分本気で呟いたように、やはり自分に言い聞かせることというものは舐めてみると病み付きになる甘い蜜なのだ。
「けむねこ、けむねこ。散歩だよ。散歩」
嫌がるけむねこを無理矢理古びたペット用バッグに詰め込むと、
「いってらっしゃい」
台所にいた蜂谷のおっさんに送り出され、センチメンタルな旅へと、いざ、出発。
ぽてぽて歩き、揺れるけむねこ、たまに手を顎にあてて考える人の尚、しかしポーズだけでその実、何も、考える、といったことはしていない。ただ、本当に行くのか、と、逡巡してはいる。
「あらまぁ猫ちゃん連れてぇ」
今、おばさんはいらない。小心者の尚には珍しく無視して歩く。ちっ、後ろからおばさんの憎たらしげな舌打ちが聴こえたが、どうということはない。駅の線路を越えてから始まるスリルに比べれば、タウナギに噛みつかれたようなものである。
「さぁ、行くか」
ふぅ、深呼吸を一つして線路を渡る。尚が勝手に思い込んでいるだけだが、ここからは彼女達のテリトリー。二度と逢うまいと心に決めてから初めて踏み入れた。
まずはあかりと初めて逢った、というのも変な話だが、あの広い公園を散策。孔雀は今日も羽を広げて、けむねこはバッグの中で尻尾ゆらゆら。あかりの残り香を吸い込んだらまた別の残り香を求め、歩く。
郵便局を左に曲がる。玉柳姫幼稚園は休みだった。今日は勤労感謝の日であったことに尚は気がついた。幼稚園が休みだということは尚にとって都合が良かった。世代の違う園児達にイメージの邪魔をされないからだ。空っぽの人工芝の上に思い出のイメージを重ねる。左耳上から三番目のピアスを触る。繋がる時間。イメージはイメージの枠を飛び越え、庭の中でヘンテコなポーズを決めるあかりのビジョンは、まるで蜃気楼のように、段々とフィルム映像のように、はっきりと克明に浮かび、流れ、消え去った。尚の心は、思惑通り、揺れに揺れた。
午後1時。こんな時でも腹は空く。あのコンビニに寄り簡単な飲食物を買い、立ち食い。次は初めて赴く、あかりが通っていると尚が推測した、小学校だ。当然、休みで、がらんとした校庭、教室を眺めながら行き過ぎるだけだった。ここには重ねるべきイメージがない。妄想を重ねても、そこには、雌雄同体である多毛類の、釣り餌として重宝されるゴカイに於いて雌だけ千切れ取り残された雄、のような感情しか残らないのでしなかった。
「ああ、あかり、お前を感じていたい」
尚の口からぽつりと本音が漏れた。
帰り道、けむねこはバッグの外に出られなかったのでご機嫌斜めでふて寝、もはや新作の構想などというものは忘れ、幽鬼のように、ふらふら歩く。
「疲れたよ。疲れた。疲れたよ。疲れた疲れた」
道行く人々が尚を奇異の目で見るが、言葉を口に出したのか、頭の中で留めたのか、尚にはわからない。奇異の目で見られることはいつものことなのでそこから判断も出来ない。どうでもよかった。尚は何もかもがどうでもよくなってしまった。性欲からくるものならば、ひどいオカズで達すればある程度解決するのだが。
どうでもよくなってしまった割に足は真っ直ぐ伊那荘へと歩みを進める。もう少しで伊那荘だ。部屋に帰れば布団にくるまって泣くことだって出来る。蜂谷のおっさんと会話することだって出来る。改めて記しておくが、尚は三十五歳の毛深い男であり、某アイドル系タレント事務所に所属するアイドルとは、アマガエルと南米に生息しているピパピパ程違う。