2008/10/23 | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

2008/10/23

未来の自分に手紙を書こう ブログネタ:未来の自分に手紙を書こう 参加中
六十年後の自分に手紙を送ろうと思いましたわ。私は時間ってやつがいまいち掴めなくて将来どうなるかなんてろくに考えちゃいない。刹那主義といえなくもない。今のところ一年後の自分や五年後の自分に興味がない。だけど六十年後の自分には幾ばくかの興味がある。憧れといってもいい。いわゆるお爺ちゃんお婆ちゃんになっても一緒に縁側でお茶を飲もうね症候群である。時間がすっ飛んでいるのだ。ハッピーエンドのラブストーリーにはその後の退屈な日々の描写がないからかな。老人になったらしたいことがある。思う存分若者に説教垂れてやろうとか本音しか言わなくなってやろうとかパンキッシュな服装してやろうとかその他諸々。これから六十年後の自分に手紙を書こうと思うけど、生存していること手紙を読めるぐらいの老体であること、を前提として書いていきたい。


やっほー、私です。拝啓なんて自分に使うのもどうかと思いまた軽い感じを出したくてやっほーなどと開口一番に叫んでしまいました。今一人あのファミレスで雨宿りしているのですが隣にいる人や店員から珍奇な目で見られることと相成りました。覚えていますでしょうか。この後私はどうすればいいのでしょうか。もう二度とこのファミレスには入らなくなるのでしょうか。六十年後にこのファミレスはあるのでしょうか。あったらなんか悲しいわ。なんか、ね。それはさておき六十年後の私は八十うん歳になっているわけですがいかがお過ごしでしょう。家族なんて出来ていないでしょうから大変でしょう。その節は申し訳なく思いもしますが、恨むなら自分の遺伝子を残すなんて気持ちが悪いと思っていた自分を恨んで下さい。ま、過去を振り返って後悔するなんてものはナンセンスだと考えている私ですから大丈夫だと思いますが。でも、未来に絶対はありませんし、考えを曲げないという信念を持っている人を信用しない私のことですから案外一族に囲まれながら、そんなことを思っていたこともあったわ、なんてせせら笑っているのかもしれませんね。ひょっとしたらまさにご臨終を迎えようとしているベッドの上でこれを読み、間抜けな人生だったわ、と走馬灯スイッチが入るきっかけを与え死出の旅立ちが始まるかもしれませんね。そうであるなら私に感謝して下さいね。だらだらと長くなってしまう予感がするのとあまりにつまらなくて飽きたのでそのままご臨終しちゃって下さい。最後に、自分のことをおれもしくはわしと呼んで下さいね。じゃあバーイ