灰皿と灰とけむ猫(1)
「吾輩は猫である。名前はミス・ジャパン。オスだ。……………ふふ、ひひひ。きたきたきたきたきた。ナイス俺。ナイスひらめき。これは大ヒット間違いなし!百万部突破だ!」
いきなりで悪いが読者の意志を筆者が代弁しよう。
ねえよ。それは。
しかし、読者にはひとつわかって欲しい。彼、雨野川尚(あまのがわひさし)はかれこれ16時間ほど座椅子に座りっぱなし、白紙のノートに向かいっぱなし、鉛筆を鼻に入れたり耳に入れたりしっぱなしの、思考回路が短絡を起こし、物音ひとつするだけで堪えきれないぐらいの笑いがこみ上げてくるような極限状態にいることを。
「お前のおかげだ!」
尚は擦り切れて元の赤色の生地が裏側にしかない、あまつさえ背もたれの角度調節機能に著しい欠陥が生じた座椅子ごと仰向けに倒れた。背もたれの、位置を固定する機能、が失われているのだ。要するにこの座椅子はほっておくとバネの力に寄り二枚貝のように閉じる。当然、逆もそうで、バネの抵抗虚しくパタンと折り跡がついた古本みたいに倒れることにあいなる。仰向けになった尚の視線の先、旋毛ぎりぎりにあるこれまたボロボロで黄ばんだ小型冷蔵庫の上の毛むくじゃら、尚を見下ろす額に黒斑がある白地の猫は「アホらし」といった表情であくびをした。
「そうだ!逆だ!逆をすればいいんだ!全部逆をいってやる!夏目漱石先生の逆をすればいいんだ!“坊っちゃん”じゃなくて“嬢ちゃん”だ!“明暗”じゃなくて“平凡”だ!“倫敦塔”じゃなくて“東京タワー”だ!あ、それは駄目か。ええい、“三四郎”じゃなくて“敏郎”だ!“こころ”じゃなくて“心臓”。そして“吾輩は猫である”じゃなくて“吾輩は猫でR”だ!くひひ、なはは、きたぞきたぞ!」
もう一度言わせてもらおう。
きてない。きてないどころかいかれてる。
「よーし!早速買ってこよう!」
持ってなかったのかよ夏目漱石!というか読んだことないだろお前。きっと。
「けむねこ!お前のおかげだ!ぬふふ、これからは楽だぜ。なんせもうストーリーは出来てるんだ。元が名作なんだ!ちょっといじればまた名作の出来上がりだ!くひひ、ひひひ」
けむねこはやってられないといった様子で襖を取っ払った押し入れの上段にある寝床に向かった。背中を部屋側に向けて丸まるけむねこ。暖かいお気に入りの場所を“追い出されて”ご機嫌ななめ。午前3時。11月。今季一番の寒さを記録した日のことであった。
尚の暴走はそう長くは続かなかった。まず、上機嫌で財布を取り出し、中身を確認して一げんなり、ま、いっか、と、とりあえず頭と同じように暴走している、体がバテバテの時になぜかいきり勃つ愚息ことバテマラをいさめてとどめの一げんなり。
「明日ってなんだ?」
尚はこたつから頭だけを出して、泣きながら寝た。三十五歳、毛深い男の涙は枕を気持ちの悪い色に染めた。
いきなりで悪いが読者の意志を筆者が代弁しよう。
ねえよ。それは。
しかし、読者にはひとつわかって欲しい。彼、雨野川尚(あまのがわひさし)はかれこれ16時間ほど座椅子に座りっぱなし、白紙のノートに向かいっぱなし、鉛筆を鼻に入れたり耳に入れたりしっぱなしの、思考回路が短絡を起こし、物音ひとつするだけで堪えきれないぐらいの笑いがこみ上げてくるような極限状態にいることを。
「お前のおかげだ!」
尚は擦り切れて元の赤色の生地が裏側にしかない、あまつさえ背もたれの角度調節機能に著しい欠陥が生じた座椅子ごと仰向けに倒れた。背もたれの、位置を固定する機能、が失われているのだ。要するにこの座椅子はほっておくとバネの力に寄り二枚貝のように閉じる。当然、逆もそうで、バネの抵抗虚しくパタンと折り跡がついた古本みたいに倒れることにあいなる。仰向けになった尚の視線の先、旋毛ぎりぎりにあるこれまたボロボロで黄ばんだ小型冷蔵庫の上の毛むくじゃら、尚を見下ろす額に黒斑がある白地の猫は「アホらし」といった表情であくびをした。
「そうだ!逆だ!逆をすればいいんだ!全部逆をいってやる!夏目漱石先生の逆をすればいいんだ!“坊っちゃん”じゃなくて“嬢ちゃん”だ!“明暗”じゃなくて“平凡”だ!“倫敦塔”じゃなくて“東京タワー”だ!あ、それは駄目か。ええい、“三四郎”じゃなくて“敏郎”だ!“こころ”じゃなくて“心臓”。そして“吾輩は猫である”じゃなくて“吾輩は猫でR”だ!くひひ、なはは、きたぞきたぞ!」
もう一度言わせてもらおう。
きてない。きてないどころかいかれてる。
「よーし!早速買ってこよう!」
持ってなかったのかよ夏目漱石!というか読んだことないだろお前。きっと。
「けむねこ!お前のおかげだ!ぬふふ、これからは楽だぜ。なんせもうストーリーは出来てるんだ。元が名作なんだ!ちょっといじればまた名作の出来上がりだ!くひひ、ひひひ」
けむねこはやってられないといった様子で襖を取っ払った押し入れの上段にある寝床に向かった。背中を部屋側に向けて丸まるけむねこ。暖かいお気に入りの場所を“追い出されて”ご機嫌ななめ。午前3時。11月。今季一番の寒さを記録した日のことであった。
尚の暴走はそう長くは続かなかった。まず、上機嫌で財布を取り出し、中身を確認して一げんなり、ま、いっか、と、とりあえず頭と同じように暴走している、体がバテバテの時になぜかいきり勃つ愚息ことバテマラをいさめてとどめの一げんなり。
「明日ってなんだ?」
尚はこたつから頭だけを出して、泣きながら寝た。三十五歳、毛深い男の涙は枕を気持ちの悪い色に染めた。