読んだら損する「運命はテイクアウト」(36)最終回
「健一ぃ、健一ぃ」
相も変わらず用件を言わぬ母親の呼びかけ。ただし、いつもと違って悲しみが全面に押し出された慟哭。さすがに、痛い。
考えてみればいつもそうだった。母親が僕の名前を言うだけで、僕は母親が言わんとしていることを理解出来ていた。理解出来るだけに、つらい。泣き出してしまうのを防ぐ為、仮面のように表情を固めた。
自首をした。僕は今日自首をした。
ニュースを観て逃げきることは不可能だと諦めたからではない。いや、そのことも含まれてはいるのだが。
今日、朝、小山さんが家にやって来た。携帯電話を使って僕だけを呼び出した。車の中で話をした。
小山さんは真っ青な顔をして、まるで青鬼みたい、ニュースを観たこと、目撃者の話、そして僕のことを犯人だと、彼女と○○を殺した犯人だと思う、と、どんよりとした、が、断固たるものを秘めた目をして言った。
僕は嘘を言わなかった。
「はい、そうです」
実にあっけなく答えた。自分でもびっくりするほどすらりと言いのけた。
小山さんは僕の返答を聞くと、数瞬呆気にとられた顔をして、それは冗談かい?などと聞いてくることもなく、真っ青な顔が紅くなったりまた青くなったり。
「自首してくれ」
それだけを告げて去って行った。
僕は怖かった。捕まるかもしれないという不安の為ではない。僕自身に恐怖していた。僕は殺人を望み、あまつさえ悦しんでいた。その気持ちは今後さらに大きくなっていくことを感じる。それが怖かった。殺人狂として矛盾しているかもしれないが、僕の理性が僕を恐怖していた。正常な理性だとは言えないけども。僕がこのまま社会にいれば確実にシリアルキラーになる。二人殺したのだからもう充分連続殺人犯ではあるが。
檻が必要だ。外界から閉ざされた檻が。結界が必要だ。誰も僕に寄りつかなくなる結界が。刑務所。小山さんは機会を持ってきた。
小山さんが去って行き、靴を履いたまま家に入ると僕は「自首してくる」とだけ母親に言ってまた外に出た。小さい声だったので母親が聞き取れたかどうかはわからないが、母親は裸足のまま外に飛び出してきて僕の名前を叫んだ。母親も僕のことを言葉以上のもので理解していたのだ。あ、チラッと観たテレビがちょうどあのニュースだったな。ナハハ。ダッシュ。
静かなものだった。自首をしたわけだから、よくある逮捕の瞬間のマスコミのフラッシュ攻勢に目をちらつかせることもなかったし。取調室に連れてかれて刑事に全てを話した。淡々と。今度は泣きたくなるようなこともなく、むしろ恍惚とした表情で話していたことだろう。もう外界からは閉ざされた。ドタバタしている署内の騒ぎも僕には別世界のことのように思えた。一生そうなるんだ。もう。一生。ふらり。頭の中から妖精みたいな虫が飛んで行った。………………。
「誰に宛てるものでもないが、遺書であるととって貰って構わない。
私は大きな間違いを犯した。私は殺人を犯した。殺人を未然にふせぐことが出来る立場に居ながらふせげなかった。殺人を扇いだ。私は彼を必要以上に追いつめてしまった。その結果、私の身勝手な行動により、彼は新たな殺人を犯すに至った。真相はどうでもいい。ただ私はそう強く思っている。私にとってそれだけが現実であり事実である。
彼に対して憎しみや怒りの感情は湧かない。現在混乱とショックが渦巻いている私が気付いていないだけかもしれない。が、あと一時間もしないうちに命を絶つ私には関係のないことである。
失われた命はそれぞれとても大きく、また未来への希望に溢れたとても重いものである。私はそのツケを払わなければならない。○○。そして最愛の人。私は二人に逢って頭を下げなければならない。
最期に、家族親類の皆様、知美さんの御家族の皆様、友人のみんな、付き合いの会った皆様、そしてK君。私のことは気にせず、元気に生きて下さい。
結局普通の遺書になってしまったかな。先立つ不幸をお許し下さい。 小山日丸手」
午後5時半、地上波全国テレビ。画面には若い男性の胸下だけ映っている。
「いやぁ、あんなことをやるなんて信じられません。中学の時から知ってますけど、おとなしい普通の子でしたよ。驚きました。え?はぁ、そうですね。会ったばかりです。いや、特になにも…いつも通りでした」
了
相も変わらず用件を言わぬ母親の呼びかけ。ただし、いつもと違って悲しみが全面に押し出された慟哭。さすがに、痛い。
考えてみればいつもそうだった。母親が僕の名前を言うだけで、僕は母親が言わんとしていることを理解出来ていた。理解出来るだけに、つらい。泣き出してしまうのを防ぐ為、仮面のように表情を固めた。
自首をした。僕は今日自首をした。
ニュースを観て逃げきることは不可能だと諦めたからではない。いや、そのことも含まれてはいるのだが。
今日、朝、小山さんが家にやって来た。携帯電話を使って僕だけを呼び出した。車の中で話をした。
小山さんは真っ青な顔をして、まるで青鬼みたい、ニュースを観たこと、目撃者の話、そして僕のことを犯人だと、彼女と○○を殺した犯人だと思う、と、どんよりとした、が、断固たるものを秘めた目をして言った。
僕は嘘を言わなかった。
「はい、そうです」
実にあっけなく答えた。自分でもびっくりするほどすらりと言いのけた。
小山さんは僕の返答を聞くと、数瞬呆気にとられた顔をして、それは冗談かい?などと聞いてくることもなく、真っ青な顔が紅くなったりまた青くなったり。
「自首してくれ」
それだけを告げて去って行った。
僕は怖かった。捕まるかもしれないという不安の為ではない。僕自身に恐怖していた。僕は殺人を望み、あまつさえ悦しんでいた。その気持ちは今後さらに大きくなっていくことを感じる。それが怖かった。殺人狂として矛盾しているかもしれないが、僕の理性が僕を恐怖していた。正常な理性だとは言えないけども。僕がこのまま社会にいれば確実にシリアルキラーになる。二人殺したのだからもう充分連続殺人犯ではあるが。
檻が必要だ。外界から閉ざされた檻が。結界が必要だ。誰も僕に寄りつかなくなる結界が。刑務所。小山さんは機会を持ってきた。
小山さんが去って行き、靴を履いたまま家に入ると僕は「自首してくる」とだけ母親に言ってまた外に出た。小さい声だったので母親が聞き取れたかどうかはわからないが、母親は裸足のまま外に飛び出してきて僕の名前を叫んだ。母親も僕のことを言葉以上のもので理解していたのだ。あ、チラッと観たテレビがちょうどあのニュースだったな。ナハハ。ダッシュ。
静かなものだった。自首をしたわけだから、よくある逮捕の瞬間のマスコミのフラッシュ攻勢に目をちらつかせることもなかったし。取調室に連れてかれて刑事に全てを話した。淡々と。今度は泣きたくなるようなこともなく、むしろ恍惚とした表情で話していたことだろう。もう外界からは閉ざされた。ドタバタしている署内の騒ぎも僕には別世界のことのように思えた。一生そうなるんだ。もう。一生。ふらり。頭の中から妖精みたいな虫が飛んで行った。………………。
「誰に宛てるものでもないが、遺書であるととって貰って構わない。
私は大きな間違いを犯した。私は殺人を犯した。殺人を未然にふせぐことが出来る立場に居ながらふせげなかった。殺人を扇いだ。私は彼を必要以上に追いつめてしまった。その結果、私の身勝手な行動により、彼は新たな殺人を犯すに至った。真相はどうでもいい。ただ私はそう強く思っている。私にとってそれだけが現実であり事実である。
彼に対して憎しみや怒りの感情は湧かない。現在混乱とショックが渦巻いている私が気付いていないだけかもしれない。が、あと一時間もしないうちに命を絶つ私には関係のないことである。
失われた命はそれぞれとても大きく、また未来への希望に溢れたとても重いものである。私はそのツケを払わなければならない。○○。そして最愛の人。私は二人に逢って頭を下げなければならない。
最期に、家族親類の皆様、知美さんの御家族の皆様、友人のみんな、付き合いの会った皆様、そしてK君。私のことは気にせず、元気に生きて下さい。
結局普通の遺書になってしまったかな。先立つ不幸をお許し下さい。 小山日丸手」
午後5時半、地上波全国テレビ。画面には若い男性の胸下だけ映っている。
「いやぁ、あんなことをやるなんて信じられません。中学の時から知ってますけど、おとなしい普通の子でしたよ。驚きました。え?はぁ、そうですね。会ったばかりです。いや、特になにも…いつも通りでした」
了