読んだら損する「運命はテイクアウト」(29)
仕事は至って単純で、僕は地図と公的なお知らせを知らせるハガキを大量に渡されるとすぐに担当地区へと向かった。仕事は単純なのだが、住所というのは案外でたらめなところがあり、なかなか目的の家を見つけられなかったり、肝心のポストがない家などもあった。ただこれは予想の内だ。
以前社長のバイトではないバイトで生活保護を受けている方に宅配したことがあるがその時程の苦労はない。映画だったら銃撃戦が始まるような、中華料理屋の裏手の従業員通路みたいなところに入って行きながら何度も地図と住所を見比べてドキドキしながら階段を昇り、ベニヤ板で仕切られただけの部屋がたくさんある日中なのにやけに暗いフロアで目的の部屋、人物を探す。渡された資料には「三号室」と書かれていたがどの部屋にも「~号室」など示されちゃいない。雰囲気的にこの中にいるのは間違いない。もう当てずっぽうで三号室っぽい部屋、一切ヒントはない、の扉を叩く。この時は運良く一発でおめでた、もといめでたく目的の人物に当たった。用事を済まし、帰り際ふと扉を見ると、端の方に鉛筆で「3」と消えそうな程にかすんだ字で書いてあった。もう、ふふふ、と笑って納得するしかなかった。入れ墨丸出しの人も多かった。まあ親切に対応してくれて何もなかったけど。生活保護を受けている人の家だから肉体的に元気な人だけじゃなくて当然老人や障害者の人も多い。鼠だらけの部屋で鼠に食われてしまうんじゃないかと思ってしまうほど、寝たきりで痩せこ
けていて鼻にチューブが刺さっていて尚且つ声が枯れていてなに言ってるかわからないお爺さんに必死になって自分のことを説明したこともあった。結局伝わらなかったのだが。そういう街の持つイメージや駅前再開発のような美的感覚から臭いものに蓋をされるように排除されている、なるべくなら見たくはない、見て見ぬふりをされてる方達と出会って、平々凡々に蓋の上を歩いて生きてきた僕は衝撃を受けたもんだった。
その時訪れた家の中に一人暮らしの全盲のおばちゃんがいた。僕が訪れた時、ちょうど待ち人が来る時間と重なっていておばちゃんのアパートのドアは開け放たれていた。明るくて話好きのおばちゃんで、人が尋ねてくることが分かっている時はあらかじめドアを開けておくんだよ、と笑顔で教えてくれて、ジュースをくれた。開け放たれたドアの向こうから幸よ来たれ、出来るなら幸だけ訪れろ、心からそう祈ったっけ。そういえばあのバイト中はやたらとジュースを貰ったなぁ。バイト中物を貰うと言えば、またまた別のバイト中、大手宅配業者でバイトしたときにも結構頂戴した。お歳暮シーズンということもあり、今宅配したばかりのダンボールの中からミカンを貰ったり、行けば必ず栄養ドリンクをくれるところもあった。おばあさんと世間話に花が咲いてビールを貰ったりもしたし、なんといっても極めつけは千円札を貰ったことだ。これも僕の割とかわいげのある容姿と本来の人見知りな僕が追いつめられて生み出したお仕事スイッチが入った状態の丁寧親切かつどことなく人懐っこい接客術の賜物だろう。反吐が出る。
つらつら思い出して見ると、基本的にある程度以上の金持ってそうな家から何かを貰うことは無い。応接態度も素っ気ない場合が多い。まあそれはいい。普段の僕の応対だって素っ気ないし何かをあげる発想もなかったから。でも、社会の底辺で生きてる人ほど明るい笑顔だったし、優しくしてくれたし、協力してくれたし、ジュースをくれたし、なにより感謝された。逆に言えば弱肉強食のこの社会、五体満足でない人を除けば、そういう親切心過剰な人は向いてないのかもしれない。親切心過剰ということは即ち何かに怯えていたり、優柔不断だったり……やめよう、まるで……。
今回はポストが無い家、しかも不在、に困ることはあったが心を揺さぶられることはない。
あっという間に時間が過ぎて、6時頃社長から電話がかかってきて今日の仕事を終えた。
帰り道、雨が降り出しそうになってきたので滑稽なほど速く脚を動かす。半分ほど来たところで大きな交差点に捕まり、なんとはなしに携帯電話を見た。メールあり。小山さんから。僕は今朝考えていたことを実行に移そうと決めた。
以前社長のバイトではないバイトで生活保護を受けている方に宅配したことがあるがその時程の苦労はない。映画だったら銃撃戦が始まるような、中華料理屋の裏手の従業員通路みたいなところに入って行きながら何度も地図と住所を見比べてドキドキしながら階段を昇り、ベニヤ板で仕切られただけの部屋がたくさんある日中なのにやけに暗いフロアで目的の部屋、人物を探す。渡された資料には「三号室」と書かれていたがどの部屋にも「~号室」など示されちゃいない。雰囲気的にこの中にいるのは間違いない。もう当てずっぽうで三号室っぽい部屋、一切ヒントはない、の扉を叩く。この時は運良く一発でおめでた、もといめでたく目的の人物に当たった。用事を済まし、帰り際ふと扉を見ると、端の方に鉛筆で「3」と消えそうな程にかすんだ字で書いてあった。もう、ふふふ、と笑って納得するしかなかった。入れ墨丸出しの人も多かった。まあ親切に対応してくれて何もなかったけど。生活保護を受けている人の家だから肉体的に元気な人だけじゃなくて当然老人や障害者の人も多い。鼠だらけの部屋で鼠に食われてしまうんじゃないかと思ってしまうほど、寝たきりで痩せこ
けていて鼻にチューブが刺さっていて尚且つ声が枯れていてなに言ってるかわからないお爺さんに必死になって自分のことを説明したこともあった。結局伝わらなかったのだが。そういう街の持つイメージや駅前再開発のような美的感覚から臭いものに蓋をされるように排除されている、なるべくなら見たくはない、見て見ぬふりをされてる方達と出会って、平々凡々に蓋の上を歩いて生きてきた僕は衝撃を受けたもんだった。
その時訪れた家の中に一人暮らしの全盲のおばちゃんがいた。僕が訪れた時、ちょうど待ち人が来る時間と重なっていておばちゃんのアパートのドアは開け放たれていた。明るくて話好きのおばちゃんで、人が尋ねてくることが分かっている時はあらかじめドアを開けておくんだよ、と笑顔で教えてくれて、ジュースをくれた。開け放たれたドアの向こうから幸よ来たれ、出来るなら幸だけ訪れろ、心からそう祈ったっけ。そういえばあのバイト中はやたらとジュースを貰ったなぁ。バイト中物を貰うと言えば、またまた別のバイト中、大手宅配業者でバイトしたときにも結構頂戴した。お歳暮シーズンということもあり、今宅配したばかりのダンボールの中からミカンを貰ったり、行けば必ず栄養ドリンクをくれるところもあった。おばあさんと世間話に花が咲いてビールを貰ったりもしたし、なんといっても極めつけは千円札を貰ったことだ。これも僕の割とかわいげのある容姿と本来の人見知りな僕が追いつめられて生み出したお仕事スイッチが入った状態の丁寧親切かつどことなく人懐っこい接客術の賜物だろう。反吐が出る。
つらつら思い出して見ると、基本的にある程度以上の金持ってそうな家から何かを貰うことは無い。応接態度も素っ気ない場合が多い。まあそれはいい。普段の僕の応対だって素っ気ないし何かをあげる発想もなかったから。でも、社会の底辺で生きてる人ほど明るい笑顔だったし、優しくしてくれたし、協力してくれたし、ジュースをくれたし、なにより感謝された。逆に言えば弱肉強食のこの社会、五体満足でない人を除けば、そういう親切心過剰な人は向いてないのかもしれない。親切心過剰ということは即ち何かに怯えていたり、優柔不断だったり……やめよう、まるで……。
今回はポストが無い家、しかも不在、に困ることはあったが心を揺さぶられることはない。
あっという間に時間が過ぎて、6時頃社長から電話がかかってきて今日の仕事を終えた。
帰り道、雨が降り出しそうになってきたので滑稽なほど速く脚を動かす。半分ほど来たところで大きな交差点に捕まり、なんとはなしに携帯電話を見た。メールあり。小山さんから。僕は今朝考えていたことを実行に移そうと決めた。