読んだら損する「運命はテイクアウト」(26) | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

読んだら損する「運命はテイクアウト」(26)

やっぱりそうなのか。僕は、「俺の、俺だけの彼女になにをしてやがる」という気持ちに駆り立てられた。けれどすぐに、「たとえ恋人であっても、ふふふ、あの姿は知るまい」と、優越感とでもいうべきものに浸った。
いけない。
自分の顔がにたりと笑っていない感覚にほっとして、
「うーん、残念ながら記憶にはありませんね。何分、日が経っているもので」
と、感情をお首にも出さずに言った。なかなかどうして板についてきた。アカデミー主演賞をくれ。いや助演賞だ。主役は彼女以外いない。なんならマカデミー賞でもいい。マカデミー賞ってなんだよ!副賞はマカデミアナッツをキロにして60くれ。キロにしてってなんだよ!ちくしょう。ちくしょう。
本当に僕の記憶力を頼っていたのかどうかは知らないが、小山さんは意気消沈といった様子で、
「………そうかい」
とだけ僕の報告に応えると、すぐに顔を期待と脂で濡らし、
「じゃあ怪しい人物の方はどうかな?」
と、おもちゃを買ってもらえそうな子供の様に聞いてきた。その目に見えてわかる純真な表情に、思わず、小山さんは僕を疑っている、というのは僕の勝手な思い込みなのか、と、頭にちらちらちらちらとちらついたが、心の中で頭を横に振り、いいやそれはないだろう、もし万が一そうであっても関係ない、恋人だと知った以上、いや知るより前から、小山さんが事件の関係者だと知ってしまった以上、やり通すしかない、しらばっくれ続けるしかない、一生。僕が犯人である以上逃げ場などないのだ。
「怪しい人物…うーん、ちょっと思い当たらないですね。…まあ僕より怪しい人物はなかなかいませんからね、見たら印象に残ってると思うんですけど、いや、容姿の上で」
長髪、色白、よれよれのTシャツ。誰が見ても僕は怪しい人物だ。変な話だが怪しさには自信がある。
「えっ、あ、それもそうだね」
小山さんはおもちゃを取り上げられた子供の様になって、つぶやくように言った。
「ちょ、ちょっと、ひどいですよ。ひょっとして僕のこと疑ってるんじゃないですか、なんて」
軽口で攻める。小山さんがどう返すか気になってしょうがない。
「あ、いや、ごめんごめん」
小山さんは空になってるはずの缶コーヒーを口に運んだ。カコン、小山さんにしては少しランボルギーニ、もとい、乱暴にカップを置いた。
「…………実を言うと、少し、少しだけ健一君を疑っていた、のかもしれない」
来た。ど真ん中直球。今こそ逆転満塁ホームランとかいうチートみたいな展開発動のチャンスだ。冷静に、しかし顔や仕草は慌ててる様子と事態が飲み込めないという様子の掛け合わせで、イメージトレーニング通り。
「あ、いや、ごめん。気を悪くさせてしまったね。…恋人が殺されて、こんな事件になって、疑心暗鬼になっていたんだよ。なんというか、絶対に犯人を捕まえてやるっていう気持ちとあらゆる可能性を探るっていう気持ちを混同してしまっていたんだよ、きっと。いまいち自分でもよくわからないのだけれど。そのあらゆる可能性の中に君を含めてしまっていたんだな。うん。いや、本当にごめん。一つ勘弁しておくれ」
小山さんはその大きな頭を僕に向けてつむじが見える程下げた。土下座を要求すれば通るような雰囲気。要求しないけどさ。
「そんな………。いや、え、しょうがない…そうですよ、しょうがないないですよ。きっと僕も小山さんの立場ならきっとそう思っていましたよ。しょうがないことですよ」
どうだ。乗り切った…か?正直、今日小山さんがこんなことを言うとは思ってなかった。もっと先の話だと思っていた。なにか確固たる要因があって僕を疑っていると思っていた。これで終わり?希望的観測。本音?かけ引き?頭の中が虚実入り乱れて鏡地獄の中にいるみたい。
とりあえず、僕は手元にあった彼女の写真を小山さんに返し、
「たぶん、いや、おそらく、いやいや、絶対、犯人は捕まりますよ。日本の警察だってバカじゃないんですから」
と、言った。日本の警察だってバカじゃない、か。…………。
小山さんはまた、ごめん、と言って、
「そうなるさ、そうならなけりゃ嘘さ」
そう言った小山さんの目は力に満ちていた。
僕はその目に恐怖した。