途中で眠くなっちゃった、面倒くせ | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

途中で眠くなっちゃった、面倒くせ

組技格闘技は形は違えど、似て非なるものといえど世界中にあるわけで、それぞれその土地柄や風習、民族性が出る。マゲを結った日本の相撲を見ればわかるだろう。まあ相撲を見ちゃったら色々問題あるけども。いわゆるレスリング、レスリングと一口に言ってもルールは様々で、オリンピック種目のフリースタイル、グレコーローマンスタイルを筆頭に、関節をとるレスリングもあれば、関節をとる前までの動きを重視するレスリングもあるし、オリーブオイルを塗りたくってやるレスリングもある。モンゴル相撲みたく場外がないものもあるし、殴る蹴るがある程度認められてるものもある。アイデンティティといっていい。だから外の文化の組技格闘技が入ってきたときに真っ先にすることは自分達の持っている、知っている技術、ルール、勝ち負けに対する心理的起因や要素、マナーとの融合だ。反目したり納得したり取り入れたり。至極当然の成り行きだ。柔道が世界に出てオリンピック種目になったからには土地々々のレスリングと結びつくのは自明の理だ。なにもおれは柔道がJUDOになるのを歓迎しているわけじゃない。そうなるのは当たり前のことだと言いたいだけだ
。日本に日本らしい柔道、と呼ばれてるもの、があるように各国には各国の柔道が出来上がるのだ。民族に流れてきた血、レスリングを否定することなど誰が出来るのか。と、なにもよくわからない(おれにも)難しげなことを言っているわけじゃない。力士がレスリングをやったら相撲の技に頼るだろ?ってことだ。それを否定出来るのか?と。しかもそれは本来日本の得意技である。例を挙げるときりがないが、スポーツに関わらず日本が強くなった挙げ句ルールが改正されたということが多々ある。それは欧米の常識、日本語でいうなら“道”のようなものから外れた反則ギリギリの手を使って強くなったからじゃないのか。日本に昔からあった技術をその競技に採用してみたからじゃないのか。ルールが改正される度に日本はどうした?文句言ったろ?柔道は珍しく立場が逆なだけだ。まあ世界のルールを改正させるだけの権力が柔道発祥国である日本柔道界に無いのは問題だが。しかし、それももう遅い。今、JUDOではなく柔道に有利なルール改正をしたならば、それは柔道がJUDOに降参したことになる。言わば柔道対JUDOの異種格闘技対決で負けたようなもの、個人
の勝ち負けでなく柔道の負け、戦争の勝ち負けに近い。それは駄目だ。上で書いたようにアイデンティティの崩壊だ。第一女々しい。ルール改正やられて散々文句言っていた人達のすることじゃない。
勝ちゃいいのだ。柔道しようが競技に徹しようが勝ちゃいいのだ。日本人の目指す日本人の好き、とされている、柔道家スタイルで勝てないなら勝つまで負け続けろ。勝てないということは弱い、それだけだ。ルール改正しない限り負けはあくまで個人の負けに収まる。勝てば柔道の勝ちって言っちゃえばいいんだからこんな都合のいいことはない。まあ“ちゃんとした”柔道やっても日本勢が勝てるとは限らないけど。お相撲さんみたいに。
100キロを超える重量級で日本人が世界のトップになるのは柔道ぐらいなんだから、普通になっちゃってるけどこのことはあり得ないぐらい凄いことだと思ってる、日本の柔道が弱いなんてことはないよ。まあそれも才能あるデカい外人は他競技にいってるだけなんだろうけどさ。とにかく、引き続き頑張れ塚田真希!ていうか柔道なんて知ったこっちゃないな。なんじゃこりゃこりゃ(恥)