読んだら損する「運命はテイクアウト」(18) | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

読んだら損する「運命はテイクアウト」(18)

甥はいきなり目の前で人が空中浮遊していく様をただただ見ている林田(15)のような、ぽかんと口を半開きにして小山さんを見ている。そして林田はその日の出来事を日記に「某月某日、キャベツ旨し。人が飛ぶ」と短くまとめあげた。林田の心情、推して知るべし。そんな林田も去年米寿を迎え、ついでに天寿を全うした。最期の言葉は、「わしは若い頃人がトンビに見えた」というものだった。トンビに油揚げをさらわれてしまうように、林田から築き上げてきた徳が音を立てて崩れ果てた瞬間であった。
「はは、すいませんね」
小山さんは恥ずかしそうに笑い、義兄と初めましてのやりとり。
「あ、これ一応今日の流れです。といってももう知っているとは思いますが。えぇっと、つきましては…」
「はいはい、雄一ぃ、引き出しの中に会費入ってる封筒あるでしょ。ちょっとパスして」
「パスしてってあんた」
兄はどっかの引き出しから出してきた封筒を小山さんに渡した。
「人数分入ってるよ。確認してみて」
「では…はい、確かに」
小山さんは封筒をその大きな手に見合う大きなポッケにしまった。
「あちらにはもう行かれたのですか?」
お茶を運んできた姉が聞く。
「えぇ」
小山さんも姉の本音を察して道助んちの様子を語り出した。
「おじさんもおばさんも、あの、空元気と言いますか、じっとしていられないと言いますか。和子ちゃん、ではなくて和子さん達もこちらにすごく気を使ってくれるんですが、…そんな様子ですね。しょうがないことなのでしょうけど。でも今日は楽しみにしているみたいですよ」
僕はいたたまれなくなって席を外した。外に出てタバコを吸う。変にむせた。
「健一、用意はいいの?」
「あぁ」
母親のいつもより明るい声に応えてから僕は自分の部屋に行き、ショルダーバッグを出して、バッグの中に本を入れた。「パグの飼い方」。どうしようもなくなった時、これを読もう。少しは落ち着くはずだ。なんせ「パグの飼い方」だから。他に持っていくもの、筆記用具、タバコ、トリスウィスキー。あ、あと牛のぬいぐるみ。バッグがぺちゃんこじゃあ、「なんでバッグなんて持ってるの?」って思われるから。
胸に少しの重みを感じながら僕は歩いた。道助んちまで徒歩五分。きっと見たくはないことばかり起こるのだろう。けど、そんな時にはバッグの中の「パグの飼い方」を想えば、きっと大丈夫。
「あぁ、いらっしゃい。どうぞどうぞ、上がって」
おばさんは小山さんが言っていたようにとても明るい表情、しかし、明らかにやつれきっているのが僕でもわかる。
両親同士も友達なので、まるで田舎に帰った時みたいだ。ただひとつ決定的に違うのは、家に上がって最初にすることが先祖へ線香をあげることではないことだ。
さすがに静寂が訪れる。僕の番がやってきた。ちらりとおじさんとおばさんの顔を見る。二人は遠くを見つめるように、僕の前にある道助の黒い縁取りの胸上写真を見ている。うっすら涙を溜めながら。多分この先ずっと道助んちは湿度が一割増だ。
ろうそくは電気なので、マッチに火をつけ、息で吹き消さないよう注意する。線香を立て、静かに手を合わせて、目を閉じる。
「なぁ、俺、殺人犯になったんだ。まあ、お前がどう思うかなんてわからないし、わかりようがないし、知ったこっちゃないけど…お前は自殺したからさ、きっと地獄に落ちたんだろ?俺も地獄に行く予定だからさ、そん時はひとつよろしくな。あ、あと、俺別に幽霊なんて信じちゃいないけど、俺の前には化けて出るなよ。怖いからな。矛盾してるけど。まあ、そういうことで…」
目を開け、立ち上がる。兄と姉はそれぞれ道助の姉ちゃん達と話している。僕は椅子に座って用意されていたポテチを、箸で、パリポリやった。ついでに出前のパーティーセット的な皿から寿司、からあげ、煮物を食ってやった。僕しか食ってない。なぜならこのあと食事会があるからだ。