読んだら損する「運命はテイクアウト」(14) | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

読んだら損する「運命はテイクアウト」(14)

「お茶でもしてかない?」
この言葉が古めかしいナンパの常套句だと気づいて我が言ったことながら笑ってしまった。もちろん声を出しては笑わなかったが。おばあちゃんを誘ったのには訳がある、買い取りをむげに、といっても店側からすれば丁寧に、断られて少しちっちゃくなったおばあちゃんを孫の力で元に戻そうと思ったのだ。本の重みは容赦なく僕の指を引きちぎらんばかりに肉に食い込んでいて出来るだけ早く最短ルートで帰りたいのだか、致し方ない。婆孝行である。馬場孝行ではない。同級生や知り合いにひとりやふたり馬場という名字の奴はいるが、唐突に馬場と書いた場合、それはジャイアント馬場のことを指すのは日本人なら自明の理である。
夕飯前のおばあちゃんとのコーヒータイム。ファミレスじゃなんだ、と思って喫茶店。客は僕達しかいない。
「悪かったねえ、はい、これ」
おばあちゃんは懐から5000円札を出して、一応何度か断ったけど、僕にくれた。これも一応婆孝行の一種である。と自分に言い聞かせる。
母親からのメールが来て僕達は店を出た。とぼとぼ歩くおばあちゃん。戦争経験者のおばあちゃん。殺人犯の孫。知ったらどうなるだろう。悲しむだろうなぁ。なりふり構わず庇ってくれる、いや、しまうかもしれない。給食費を払わない親の理屈みたいに。
僕は結婚出来そうにないし、するつもりもないので一生孫とは無縁の生活を送る予定だ。だからおばあちゃんの気持ちなんてわからないまま死ぬんだろう。落ちこぼれ、引きこもり、フリーター、ニート。何でもいいから死ぬのはおばあちゃんが死んだあとがいい。
わがまま…。
夕飯、エビフライ。どうやら僕は明日親の友人がやっている会社の手伝いに行くらしい。たまらなく嫌だけど、しょうがない。もう決まっちゃってる。たまにあることだ。NO、と言えない自分に吐き気がする。
明朝、会社目指しひたすらペダルを漕ぐ漕ぐ漕ぐ。満員電車に乗りたくないのでいつもこうしている。大体一時間。到着。
この日の仕事は区内の、もちろん僕が住んでる区内ではない、幼稚園に「さすまた」と催涙スプレーを配ること。さすまたの実演もやれとのこと。こんな仕事なかなか出来まい。
髪を後ろで結び、会社の上着を着て、地図と幼稚園のリストを手に車に乗っていざ出発。三十秒程さすまたの説明を受けたが、まあ、その場その場でしのいでいくしかない。
似たような仕事を何度かしているので地理は頭に入っている。道に迷うことなく最初の幼稚園に着く。風俗街のすぐ近くだ。いつか観たニュースで、幼稚園の前にラブホテルが建つってことで問題になっていたが、かわいらしいもんだ。
日中堂々と不審者が幼稚園に入る図。呼び鈴を鳴らして、もっともらしいことを言えばいいのだ。出入りしている業者を調べれば完璧だ。そこで役に立つのがこのさすまたに催涙スプレーってなもんだ。
「で、あの使い方なのですが、僕が犯人役ということで、ちょっといいですか」
ふたりの保母さん、保育士か、が僕の前に立つ。なおこれ以降女性の保育士という意味で保母さんと呼ばせてもらう。実際問題男の保育士は見なかった。ひとりの手にはさすまた。もうひとりには催涙スプレー。催涙スプレーは勘弁してもらう。ちなみに小中学校にはさすまたを二本、幼稚園には一本となっている。おかしな話だ。が、僕には関係ない。
「では、さすまたで僕を押さえてみてください」
初めてさすまたを手にした保母さんは恥じらいながらもテンション上がりっぱなし。ノリもいい。さすが毎日ガキを相手にしていることはある。保母さんは僕の胴体を真正面から押さえた。
「はい、もちろんこの形でもいいのですが、さすまたを使うときは非常事態ですしね、しかしより良いとされる押さえ方がありまして」
僕はさすまたの角の一方を肩の上へと押し上げる。
「こう、斜めに相手を押さえるのが、効果的な形になっています」
ここまでが三十秒で教わったこと。
「へぇ、なるほどねぇ、斜めにねぇ、なるほどなるほど。うーん、でも私達じゃどうしようもないわね、逆に取られちゃったりして、ハハハ」
幼稚園には基本的に女性しかいない。保育士ごめんよ。これまた基本的に体力で劣る者がさすまた一本で相手の動きを封じるのは不可能だ。二本あっても変わらないだろう。これは、「ちょっと押さえてみてくれる」、と言われた体格のいい武闘派保母さんを押さえつける時に実感した。おそらく半ばむきになって暴れる保母さんを押さえつける、内心ここでさすまたを破られたら面目丸つぶれだな、という思いを涼しい顔の下に隠しながらこっちも全力で押さえた。結局押さえつけることには成功したのだが、かなりの死闘になった。保母さん相手に割と体力があるであろう僕がこの始末なのだ。さすまた推して知るべし。むしろ保母さんが言ったように何の考えなしでさすまたを相手に近づければ取られてしまうことうけあいだ。そりゃまあさすまた歴十年の達人なら話は別だろうが。
「ええ、そうですね、せめて子供達に被害が及ばないように身を挺して真っ先に犯されて下さい」
とは言えないんだよ、行政よ。