読んだら損する「運命はテイクアウト」(11) | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

読んだら損する「運命はテイクアウト」(11)

「都内の公園で女性の遺体が発見されました。女性は川村知美さん、22歳、大学生。遺体には首を絞められた形跡があり、警察は殺人事件の方向で捜査を進める方針です。現場周辺の住人の声をお伝えします」
画面が切り替わる。住宅街の一画。おばさんと思しき人の胸のアップ。
「怖いわァ、こんな住宅地でねェ。小さな孫がいるんですよォ。よくあの公園でも遊んでいるみたいでェ、うん、ねェ、こんなところでねェ。信じられない。うん、うん、怖いわァ」
また画面は切り替わる。今度はおっさん。
「ここらは物騒だけど、うーん、夜中なんかたまに発砲音が聴こえたりするんだけど、日中でしょ?うーん。大学生でねぇ。まだ若いのに。早く犯人が捕まってほしいよ、へへへ」
画面は切り替わる。若い女性の胸元。テロップで「友人」と出ている。
「知美はぁ…とてもいい娘でぇ…いつも笑っててぇ…ぐす…じゅぴゅるれるる…なんで知美が…みんなととてみゃ…とても仲良かったし…恨まれることなんてなかったし…明るくて…ううううう…ふんがひいん…ぐす…もう会えないなんて信じられないです。はい」
最後に画面は花を手向けている人を映してスタジオに戻った。
「はい。…本日午後六時、総理大臣が犬を食した問題で」
テレビを消す。真っ暗な部屋に戻る。
とても明るくて、いつも笑ってたという彼女。あんなに綺麗だったんだ、当然だろう。
ふと気になったことがある。
ニュースでは首を絞められた形跡がある、としか言っていない。ロープで絞めたとも手で絞めたとも腕で絞めたとも言っていない。これがいわゆる「犯人だけが知っている情報」というやつなのだろうか。とにもかくにも、テレビを観ているたくさんの人達の中で僕だけが彼女の、あの姿、を知っているということに、少し変な気持ちがした。決して嫌な気持ちではない。
真っ暗な部屋。その中で僕の心は太陽みたく黄色く発光している。誰も知らない。僕は知っている。全世界の中で僕だけが知っている。僕と彼女だけの秘密。彼女はもういないから、僕がゲロしなければ永遠の秘密、の共有?共有。目を閉じるとあの時の光景がプラネタリウムみたく再生される。微笑んだ彼女。ダッシュした僕。口に手を突っ込んだ僕。あ、彼女の歯に僕の皮膚組織が残っているかも…これはまずい。まずいぞ。まあでもいいか。もうなるようにしかならん。一気に首をチョークスリーパーで絞める僕。鶴みたいに細い首が、ゴポ、っとなってもまだ離さない。崩れ落ちる彼女。背中側から僕を見る。見る。見る。エンドレスで僕のまぶたの裏で絶賛開催中恐怖のフクロウ美女。見る。見る。見る。彼女はいつも笑っていたと友人は言っていたけれど、あいつは彼女の笑顔以外を見たことあるのかな。部屋の外で野良猫が赤ん坊の泣き声みたく鳴いたのを最後に僕プラネタリウムは閉館した。

ちゅんちゅんと小鳥がうるさい。朝だ。普段低血圧で寝起きが弱い僕だけれど、勢いよく起き上がりテレビをつける。五時。まったく二度寝の気配がない。快眠?
朝一番のニュース番組。天気予報。今日は雨。台風が近付いている。政治のニュースが終わり、あのニュースが手短に伝えられた。内容は昨日と変わらない。
「飽きたな、なんか」
そう思った。思わされたのか?テレビを消し一階へ。新聞を取ってくる。新聞屋の朝は早い。スポーツ新聞。芸能面をめくり社会面へ。あった。思ったより小さい記事。少しほっとする。ここでも事件は簡潔に伝えられていて、そのままどこかに消えてしまえ。どこかに流れて消えてしまえ。
冷蔵庫。何もない。炊飯器。空っぽ。インスタントラーメンをかっこみ、シャワーを浴びた。彼女が残した歯形はもう消えているといっていい。少し皮がささくれ立っている程度。ナイス新陳代謝。
退屈な朝。いつもよりひどく長く感じる。
やることもないので部屋に戻る。いつもはなにをして時間をつぶしていたのだっけ?ゲームを始めてみるもつまらなくてたまらない。すぐにやめる。
………………………………………。
無い。何も無い。でもだからていってあの事を考えては駄目だ。あの事は考えてはいけない。髪の毛が乾くのを待って、外に出た。普段しないことをしては駄目だと思ったけれど、まあたまにふらりと散歩というか意味なくフラフラ歩き回ることはあったし、なにより圧倒的ともいえる暇にじっとしていられなかった。じっとしていると体の内側で退屈の虫が尻からなんか甘い液体を出して、それが血液に混ざると体全体に行き渡り、ああ、心臓だ。脳より実は心臓がヤバい。心臓は第二の脳と呼ばれるように…………………………。こうなってしまうから外に出なければならないのだ。
シェルターから出た世界はいつもと違った。いつもよりスリルに満ちている。静かな暴風雨。一時も油断ならない。ライオンの檻の中に放たれたウサギかカメのような気分だ。あ、ライオンってあまりに獲物が捕れないとカメ食うんだよ。七時過ぎ。通勤通学中の人達が駅に向かってまっしぐら。財布を見てみる。お札が入ってないのは知っている。690円。僕は駅に向かう流れに乗ることにした。切符を買い、まだ満員電車とはいえないが、微満員電車とはいえる車内。下車する。通っていた学校の最寄り駅。学校とは反対側になる出口から駅を出て荒川の土手方向に歩き出す。川を目指せば迷子にならないからね。途中、新古書店で本を買う。105円。「バグの飼い方上級」。なんでこれを買ったのか僕にもよくわからない。歩いて歩いて土手まで来た。ドラマの撮影をしている。ありがたい。暇つぶしの名目が立つ。ああ、あれだ。土手の頂上を学生服を着た役者が歩いている。その様子をタバコをふかして見ている僕。武田鉄矢がいないのが残念だ。
ぽつぽつと雨が降り出してきた。僕はバカだ。天気予報を観たのに傘を持ってきていない。それでも歩いて帰ることにした。タバコがきれかけている。タバコの値段を考えると電車に乗れない。それに雨に濡れて困るものなど何ひとつ持っていない。
ゆっくりとだが確実に雨は強くなっていく。ずぶ濡れも甚だしい。でもテンションが上がってきた。周りの人がずぶ濡れの僕を見る。奇異の目で見られることが心地良かった。
家に着く頃には風も相当強くなっていた。暴風雨。
「あらま、どこに行ってたのこんな雨の中…」
「本屋」
短く応えて部屋に行こうとすると巨大な影が…。
「やぁ、健一君。おはよう」
小山さんはいつもより一回り小さく見えた。まあそれでもでかいのだが。