読んだら損する「運命はテイクアウト」(9)
しばらくそのままでいると、
「健一、健一」
母親の声。だから内容を言えよ。耳塞いでいればよかった。時計を見る。7時。えっ7時?寝たのか?僕は寝ていたのか?この状況で?………。おそらく飯を知らせる母親の呼び掛け。食欲があることにまた自己嫌悪な自問自答。
食卓には鶏もも肉のソテー。塩、コショウ、そしてたっぷりバジリコをふりかけた鶏もも肉をオリーブオイルで焼く。僕が以前、何かで観たか読んだかしてか、突発的に作って以来うちのメニューに加わった。それまでは照り焼きが主だった。というか料理全般醤油味しかなかったといってもいい。最近気づいたのだけど僕はあまり醤油が好きじゃないらしい。じゃあ今まで美味い美味いと食ってた醤油ラーメンはなんだったんだと思うが、よくよく考えると醤油ラーメンなんぞあんまり美味いもんじゃない。なけりゃないで困るけど。まあもちろん刺身等には醤油だし、ステーキには醤油ソースが一番だと思う。ただ醤油ラーメンはもう駄目だ。そう考えてたらラーメン自体あんまり好きじゃないことに気づいた。脂ギトギトなとこがいやだ。僕は東南アジアの屋台で売ってる麺類のが好きだ。醤油味じゃないし脂ギトギトじゃないし、さっぱりしかししっかり、なおかつ味の素がきいてて最高だ。ラーメン屋なんて潰れてしまえばいい。うん。いや潰れてしまったらやっぱり困るな。とにかく醤油ラーメンは美味く麺を食う食い方じゃない。その他のラーメンはそれ以下だ。いやそんなわ
けねえよ。みんな普通に美味いじゃん。この日和野郎が。
「健一、駅前の“天狗”って知ってるかい。お婆ちゃん、そこの人に仕事ないかって聞いたのよ。そしたら元気な子なら大歓迎だって。健一、仕事しないかい。お婆ちゃん話つけとくからさ。男は仕事しなきゃ」
食べながら意識が飛んでた僕はお婆ちゃんのいつもの話で目の焦点が合う。お婆ちゃんは顔を合わせる度に毎回同じことを言う。毎回毎回。四六時中だった時期もあった。毎回仕事先、バイトだけど、が違うのだけれど…。よくニートが親や爺ちゃん婆ちゃんを殺したというニュースが流れるが、その理由、動機の多くは多分これだ。正直、僕にはその気持ちがよくわかる。もちろんお婆ちゃんの気持ちもよくわかる上で。
「いやぁ…」
ニートは孫の為に一生懸命仕事を探すお婆ちゃんの気持ちがわからないような人間ではない。でも、とりあえずのところ、どうしようもない。一応僕の場合短期のバイトをしたりしなかったりしてるのだけど。
「一度は会社勤めしないと…」
お婆ちゃん、それバイトの話だよ。喉まで出かかったが引っ込める。それを言ったらお婆ちゃんが悲しむだろうから。まあそれならちゃんと働くのが一番なのだが。
「うるせぇ、毎日毎日、少し放っておけ」
父親が怒る。お婆ちゃんは顔を真っ赤にして反論する。いつもの光景。もちろん僕は気まずい。飯もまずくなる。テレビではクイズ番組。母親はクイズに集中して場をやり過ごしている。
数年前まで車を運転していたお婆ちゃんは最近病院で認知症だと診断された。
父親は硬派な男だが本来、多くの男と同じように、マザコン気質の男である。本当は母親(お婆ちゃん)に甘えたい。掃除もご飯も下手したら耳掃除もしてもらいたいはずだ。でも現実の母は父親の理想とは違い、わがままで面倒くさがりでアル中で頑固で、という気質の持ち主。父親は否定するだろうが僕から見れば似たもの同士、怒るタイミングもそっくりだ。まあ親子だから当たり前といえば当たり前なのだが。そしてそのギャップがこの喧嘩だ。絶対的な父権を持つ我が家ではいつしかお婆ちゃんは厄介者という位置に収まった。少なくとも物心ついた時から、爺ちゃんは物心ついたかつかないかの頃に死んだ、ずっとだ。父とお婆ちゃんは顔を合わせる度に喧嘩している。笑える喧嘩ならいいけど感情丸出しの本気喧嘩だからタチが悪い。甘えの裏返しともいえるが。そんな喧嘩を見させられてきた身にもなってほしい。ただでさえ絶対的な父権の家庭なのだ。当然の如く、父親は僕のトラウマの塊だ。
僕は最近になってお婆ちゃんの事が好きになった。父親のことを冷静に見られるようになり、洗脳的な先入観から解放されたということ、まあ冷静に見てもお婆ちゃんはかなり厄介な性格の持ち主だが、それでも孫にはずっと優しかった、それと僕も家庭内で厄介者の位置についたということもある。
てめぇもっと自分の母親を大事にしろよ、僕はいつも心の中でつぶやくだけで、怒声が止むまで淡々と時間が過ぎていく。
普段ならおかわりのひとつもするところだが、黙って部屋に戻った。普段じゃないことを思い出した。なんてこった、今日僕は殺人者になったのだ。テレビからニュースが始まる前に消えなくては。何食わぬ顔であのニュースを家族と観る自信はない。でもいつも通りの、いつも通りなら鬱スイッチの父親とお婆ちゃんの喧嘩で少し心が落ち着いたようだ。
「これからどうしよう」
僕は明かりの点いてない部屋で小さく小さくつぶやいた。
「健一、健一」
母親の声。だから内容を言えよ。耳塞いでいればよかった。時計を見る。7時。えっ7時?寝たのか?僕は寝ていたのか?この状況で?………。おそらく飯を知らせる母親の呼び掛け。食欲があることにまた自己嫌悪な自問自答。
食卓には鶏もも肉のソテー。塩、コショウ、そしてたっぷりバジリコをふりかけた鶏もも肉をオリーブオイルで焼く。僕が以前、何かで観たか読んだかしてか、突発的に作って以来うちのメニューに加わった。それまでは照り焼きが主だった。というか料理全般醤油味しかなかったといってもいい。最近気づいたのだけど僕はあまり醤油が好きじゃないらしい。じゃあ今まで美味い美味いと食ってた醤油ラーメンはなんだったんだと思うが、よくよく考えると醤油ラーメンなんぞあんまり美味いもんじゃない。なけりゃないで困るけど。まあもちろん刺身等には醤油だし、ステーキには醤油ソースが一番だと思う。ただ醤油ラーメンはもう駄目だ。そう考えてたらラーメン自体あんまり好きじゃないことに気づいた。脂ギトギトなとこがいやだ。僕は東南アジアの屋台で売ってる麺類のが好きだ。醤油味じゃないし脂ギトギトじゃないし、さっぱりしかししっかり、なおかつ味の素がきいてて最高だ。ラーメン屋なんて潰れてしまえばいい。うん。いや潰れてしまったらやっぱり困るな。とにかく醤油ラーメンは美味く麺を食う食い方じゃない。その他のラーメンはそれ以下だ。いやそんなわ
けねえよ。みんな普通に美味いじゃん。この日和野郎が。
「健一、駅前の“天狗”って知ってるかい。お婆ちゃん、そこの人に仕事ないかって聞いたのよ。そしたら元気な子なら大歓迎だって。健一、仕事しないかい。お婆ちゃん話つけとくからさ。男は仕事しなきゃ」
食べながら意識が飛んでた僕はお婆ちゃんのいつもの話で目の焦点が合う。お婆ちゃんは顔を合わせる度に毎回同じことを言う。毎回毎回。四六時中だった時期もあった。毎回仕事先、バイトだけど、が違うのだけれど…。よくニートが親や爺ちゃん婆ちゃんを殺したというニュースが流れるが、その理由、動機の多くは多分これだ。正直、僕にはその気持ちがよくわかる。もちろんお婆ちゃんの気持ちもよくわかる上で。
「いやぁ…」
ニートは孫の為に一生懸命仕事を探すお婆ちゃんの気持ちがわからないような人間ではない。でも、とりあえずのところ、どうしようもない。一応僕の場合短期のバイトをしたりしなかったりしてるのだけど。
「一度は会社勤めしないと…」
お婆ちゃん、それバイトの話だよ。喉まで出かかったが引っ込める。それを言ったらお婆ちゃんが悲しむだろうから。まあそれならちゃんと働くのが一番なのだが。
「うるせぇ、毎日毎日、少し放っておけ」
父親が怒る。お婆ちゃんは顔を真っ赤にして反論する。いつもの光景。もちろん僕は気まずい。飯もまずくなる。テレビではクイズ番組。母親はクイズに集中して場をやり過ごしている。
数年前まで車を運転していたお婆ちゃんは最近病院で認知症だと診断された。
父親は硬派な男だが本来、多くの男と同じように、マザコン気質の男である。本当は母親(お婆ちゃん)に甘えたい。掃除もご飯も下手したら耳掃除もしてもらいたいはずだ。でも現実の母は父親の理想とは違い、わがままで面倒くさがりでアル中で頑固で、という気質の持ち主。父親は否定するだろうが僕から見れば似たもの同士、怒るタイミングもそっくりだ。まあ親子だから当たり前といえば当たり前なのだが。そしてそのギャップがこの喧嘩だ。絶対的な父権を持つ我が家ではいつしかお婆ちゃんは厄介者という位置に収まった。少なくとも物心ついた時から、爺ちゃんは物心ついたかつかないかの頃に死んだ、ずっとだ。父とお婆ちゃんは顔を合わせる度に喧嘩している。笑える喧嘩ならいいけど感情丸出しの本気喧嘩だからタチが悪い。甘えの裏返しともいえるが。そんな喧嘩を見させられてきた身にもなってほしい。ただでさえ絶対的な父権の家庭なのだ。当然の如く、父親は僕のトラウマの塊だ。
僕は最近になってお婆ちゃんの事が好きになった。父親のことを冷静に見られるようになり、洗脳的な先入観から解放されたということ、まあ冷静に見てもお婆ちゃんはかなり厄介な性格の持ち主だが、それでも孫にはずっと優しかった、それと僕も家庭内で厄介者の位置についたということもある。
てめぇもっと自分の母親を大事にしろよ、僕はいつも心の中でつぶやくだけで、怒声が止むまで淡々と時間が過ぎていく。
普段ならおかわりのひとつもするところだが、黙って部屋に戻った。普段じゃないことを思い出した。なんてこった、今日僕は殺人者になったのだ。テレビからニュースが始まる前に消えなくては。何食わぬ顔であのニュースを家族と観る自信はない。でもいつも通りの、いつも通りなら鬱スイッチの父親とお婆ちゃんの喧嘩で少し心が落ち着いたようだ。
「これからどうしよう」
僕は明かりの点いてない部屋で小さく小さくつぶやいた。