読んだら損する「運命はテイクアウト」(4) | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

読んだら損する「運命はテイクアウト」(4)

「だからさぁ、名前を呼ぶだけじゃなくて用件も言ってくれる?」
「やぁ健一君」
「あ、どうも」
完全に家族モードだった僕は少し恥ずかしくなった。母親の隣に、というかもうはみ出さんばかりに、巨大な小山さんがいた。
「いやぁ寝ていたかい?悪いね。少し用事があってね、健一君に」
「はあ、僕に」
「健一、ほら、たーくんのこと…」
母親はコーヒーを出しながら気まずそうな顔をする。
「ああ、いやぁ、これから健一君とちょっと外に出ようと思ってるんですよ。近所に私のお気に入りの喫茶店がありましてね。おっと、健一君、都合はいいかな?」
僕はコーヒーに伸ばした手のやり場を失い後頭部をポリポリ。
「大丈夫です」
「じゃあ、早速行こうか。…着替えはしなくていいのかい?」
僕の格好は、下着か上着かわからない襟がよれよれのくたびれた白いTシャツに黒い短パンジャージ。僕の寝間着兼部屋着兼地元着。小山さんはかなりオシャレに気を使う気質。いつもシャンとしてる。
「構いませんよ」
「そうかい。じゃあ行こうか」
ちゃんとした格好をしろ、小山さんの気遣いというか圧力というか、とにかく小山さんは嫌な気持ちになったに違いない。だけどそんなことおくびにも出さず、母親に丁寧に挨拶をすると僕を車に乗っけた。その車がまた軽自動車なのだ。小山さんの営業車。体を3回ぐらい折りたたんで運転している。
「いやぁ、用というのは他でもない、たーくんのことなんだけど」
助手席の僕は出来るだけ窓側に体重をかけている。
「たーくんの家では君のことを警察に話してないけど、まあ話したところで何もないがね、しかし私がヘマをしてしまってね。君の存在を会社の上の人に知られてしまったんだ。もちろん別に大した問題はないよ。だけど、厄介なことになるのは避けろ、事実は確認しておけ、なんて言われてしまってね。まったく。気のきかないものだよ、会社なんてのは。そこで悪いのだけど、あの時のことを話して欲しいんだ。……だけど、事実じゃなくてもいいよ。なんならふたりでバレない程度の嘘を作ってしまってもいい。健一君の好きにしていいから」
右折、左折、直進ブイーン、器用にハンドルを切り、アクセルブレーキ操作もスムーズ。
「…自殺幇助ってやつですか」
一応知ってる。自殺を手伝うことは罰せられる。「…まあそれはちょっと言い過ぎだけどね。証拠もあるし」
遺書のことだろう。
「いや、別に、ちゃんと話しますよ。別に犯罪…あいつの両親にはちゃんと話しましたし」
僕は道助のおじさんおばさんには一緒に屋根に上ったことは話した。背中を押したことは流石に言えなかったのだが。しかしあれは…僕の力で転げ落ちたわけではない。道助が自分で飛んだのだ。だが、犯罪を犯したわけじゃないと言おうとした自分を、背中を押したことを隠している自分を、僕はそんな自分に反吐が出る思いだ。いっそのことゲロにまみれてしまいたい。この自己嫌悪、どうしてくれるんだ道助。
「そうかい。悪いね。何度も言葉にすることじゃないだろう…。ほら、あそこだよ。知ってたかい?なかなかどうして、うまいコーヒーを飲ましてくれるんだ」
車を停めて店に入る。小山さんは車を降りる時5回は体を折りたたんでは伸ばした。お前はアコーディオンか、息づかいの音色は気持ち良いものではない。
この店の存在は知っていたけど中に入るのは初めてだ。あまり広い店ではないが、店内の広さに比べて客席が少ない。空間を贅沢に使い、おそらく店主が吟味に吟味を重ねたであろう、野暮ったくないシンプルな装飾、照明。なにより椅子がでかい。小山さんが気に入るのも無理はない。そして僕の格好はこの店の雰囲気を台無しにしている。
「じゃあ適当にふたつ」
小山さんはなれた様子で注文をした。適当に、とはおそらくコーヒーの豆なりブレンドなりを店主に任せたということだろう。専門店かよちくしょう。コーヒーの味の違いなんかわからない。知ったこっちゃない。どうしようもない。僕は出来ればコーラが飲みたかったが僕にも見栄はある。ブラックで飲んでやる。なしなしだ。ちくしょう。
運ばれてきたコーヒーを香る小山さん。なにか聞いたことない言葉を2、3店主と交わす。僕はただじっとコーヒーを見ている。小山さんが飲み始めた。僕はまだコーヒーを見ている。猫舌なのだ。それに出来ればやっぱりありありで飲みたい。
「ミルクもおいしいよ」
そんな僕に小山さんは静かに言った。僕はこの人に全てを見透かされてるような気がした。
ミルクを入れたコーヒーを三口程飲んだところで、
「じゃあ、本題に入ろうか」
口の中から苦味が消えた。