こんばんは。

お久しぶりです。
ひーちゃんです。


いまあたしは
過去に思い出が残る場所を起点に
新しい生活を始めています。


 



悲しみの多かった土地なので

場所を通るだけで

身体が反応して縮こまることもあります。

 


ちょっとしたフラッシュバックです。





だけど、

それをないことにせず感じながら

あたしはいまのあたしが思うことを

感じてみようと

またこの地へやってきました。

 

チャレンジでもあります。



内心怖いことが多い。

だけど、被害者でいると言うことは

権威を誰かに明け渡したままであると言うことも

また感じて知っています。



両方あたしの中にある本当のものです。



相反してるようで隣り合わせなものだと

あたしは捉えています。









そんな中、

昨日は好きだったお店に行ってきました。

ひとりで

少しだけ食べただけでしたが、

結構な金額になりました。

自分で支払うのは初めてでした。





辛くて辛くて

ほんとに生命を断とうと思ったときに

食べたこの味。


 



美味しいもの食べて

温泉入ってあったまろう♨️と連れてってもらったこのお店。

好きなように食べて飲んでたけど、

あのとき結構な金額だったんだろな〜と

回想してしまいました。

 



言葉の使い方がとっても下手で

扱いも下手で

なんでそれ?と思うことがたくさんあったけど

いつだってあたしの命を大切にしてくれて

邪魔しないで信じてくれてたということが

時間差で届いた気がしました。





やっぱり目の前の扱いが酷くて

素直に受け取れないことがたくさんあったけど

あたしのどのタイミングの

どの考えも否定はされなかったし

説得も慰めもしなかった彼は

あたしがあたしを信じるということを

身をもって体言として

教えてくれた気がしているのですが、

死のうと決めたあのときも

彼は彼の中のブロックとしてきたものよりも

あたしのための選択を

躊躇なくしてくれていたのだなと、

知ることができました。





悲しみの記憶が

愛ある時間だった事実に塗り変わり、

いまのそれを俯瞰して暮らしやすいあたしは

もう少し

日常にハートを感じ生きてもいいのだという

価値を知った気がします。







文章は冷静に書こうと思っているので

こんな感じで書いてますが、

実際は号泣しました( ;  ; )






過敏になってるときに

ともに過敏になることなく

そこにそのままいてくれる存在が

どれだけあたしの人生にとって

多大な影響を与えてくれたのかを知る

そんな日々を過ごしてます。





本日は

あたしの近況報告と感情のシェアでしたが

お読みいただいてありがとうございます😊