第 7 章 若即(2)
うつらうつらして服も脱がずにそのまま寝ついてしまい、どれくらいの時間が経ったのかわからない。
夢か現かはっきりしない意識の中で誰かが歩いている音を聞いたような気がして、彼女は寝返りをして時間をかけて目が覚めてくると部屋の中は一面の暗闇だった。
そのまま寝入ってしまい次に目が覚めた時はすでに夜が明けていた。
掛け布団を撥ねて起き上がる・・・布団?
黙笙はぎょっとする。
あっ、恐らく夕べ寒くて自分で引っ張ってきて掛けたのだろう。
急いで歯を磨き顔を洗う。
鏡に映る彼女の髪の毛は少し伸びて、目の上に絶えず落ちてくるのでカットに出掛ける時間を探すつもりでいた。
荷物をちゃんと持ち、寝室のドアを開けて黙笙は呆気にとられる。
スーツを着て、きちんとした以琛がドアの外に立っていて、手に中には更に鍵を持ちちょうどドアを開ける準備をしてるようだった。
黙笙は目の前の人を目を大きく見開いて見つめる
「以琛?」彼は何でここにいるのか・・・
夜に戻ってくると言ってなかった?
「ああ」以琛は鍵を片付けながらいい加減な一言で返事をする。
その場を通り過ぎて客室に向かいしばらくして手の中に多くの書類を抱えて出てくると、まだ入り口でぼんやりとしている彼を見かけた。以琛は皺を寄せて英気ある眉をしている。
「君は仕事に行かないのか?」
「えっ、行きます」
どういうわけか黙笙は落ち着かない
自分たちの関係が今までと同じでないことを初めて感じ取る。
これからはこのようにしていたい。毎朝、最初に見るのは全て彼・・・
「君を送って行く」
黙笙は彼の後にくっついてエレベーターに乗り込む。
「いいえ。自分で行かれます」事務所と雑誌社は別の方向で、かたや南でかたや北。
以琛は駐車場のある地下一階の押しボタンを押して冷ややかに言う
「X地区の裁判所に行く。行くついでにちょうどいい」
「はい。わかったわ」なるほどね・・・
車の中で黙笙は思い出して彼に聞く
「昨日の夜に戻って来たの?」
「そうだ」以琛は素っ気なく答えて道路状況に全ての注意を払っている。
黙笙は口を窄めて「何時頃・・・どうして私を呼んでくれなかったの?」
「十一時過ぎだ」我慢できずに答えた彼は少し黙ってから又言う「その必要はない」
黙笙の瞳の輝きは微かに薄暗くなり、車窓の外の世界に向きを変える。
今はまさに出勤ラッシュで路上は酷い渋滞で収拾がつかない・・・
自分たちもこのようにずっと身動き出来ない状態を続けるつもりなのか?
「以琛、お昼にX地区に居るなら一緒にご飯を食べられない?」
以琛は急に動いて顔を向けると黙笙は窓の外を真っすぐ見ている。軽やかな声で一体誰に向かって言った?
彼は視線を前に戻すと無関心を装って言う「昼には居ないはずだ」
事実、朝からそこには居ない・・・
「以琛?」
袁氏は大きな銅の鈴のような目をパチパチと瞬きをさせて、ドアを押し開けて入って来る事務所の人を見ながら小さな女生徒の真似をして手で目を何度も擦ってみせた。
「まさか俺の目に問題がある訳じゃあるまい。幻覚が現れたのか?」
「問題があるのは目にとどまらないように俺には見えるが?」
以琛はちらっと彼を観てからオフィスに入り、袁氏は大きな頭を揺らしながら彼の後ろにくっついて中に入り腰掛ける
「昨日の夜の七時過ぎにお前と連絡をとった時にはまだ廣州に居たはずだ。なんで今、戻って来てるんだ?」
「その時はちょうど空港に居た」以琛は腰を下ろすと書類を広げながら言った。
「用件は全て処理できたのか?」
「ほとんどな」
以琛が言う”ほとんど”は実に全く問題が無いということ。袁氏は時にこの弟分を敬服せざるおえない。廣州の用件は一週間以内に解決しなければならない、初めからコンパクトな仕事だったのに今、彼はなんと一日早く終えることが出来ている。
彼がどうやってやり遂げることができたのか全くわからない!
「昨日は遅くに家に着いたんじゃないか?そんなに慌てて何をする。今日、戻ってきても遅く無かったぞ・・・」
袁氏はぶつぶつと呟いて
「もし、お前が俺と同じく独り身だと知らなかったら、妻の相手をするために急いで戻って来たんだろうと思うさ」
本来、書類には万年筆で一定の速さで書いているのに、紙の上には幾重にも重なった線の跡がある。
以琛は書類から頭を上げて大っぴらに客を追い払う
「袁さん、俺の記憶が正しければ今朝は出廷することになっているだろ」
美婷は会議室から出てきた以琛を見るとすぐに手の中にある資料を渡す
「何弁護士、必要な書類は既にプリントアウトできてます。それからこれはC大百年創立記念の招待状です。向弁護士と袁弁護士の分も一緒に届いていて、代わりに私が持ってきました」
「ありがとう」
以琛は礼を言って受け取りC大のマークが印刷された精巧で美しい造りの招待状を開けると表には《十一月十五日 C大百年創立記念》と書いてある。
美婷は顔を上げて壁にかかった時計を見る
五時四十分
「何弁護士、もし何もなければこれで失礼します」
「何もないから帰っていいよ」
「それではお先に失礼します」美婷は自分の荷物を片付けていると突然思い出して
「何弁護士、携帯電話が数回鳴っていました」
裁判の当事者に会う時は携帯電話は持っていない。二回の不在着信の表示があり、一つは別の案件の当事者からですぐに折り返し電話をする。数分間話した後、電話を切ってそれからもう一つ・・・
指はグリーンのボタンを押した。