第 5 章 回首(3)
ある人と、いかなる場合でも出会ってしまうのならばそれは運命みたいで、その上これまでの原因と同じで例えて言えば以玫と黙笙。
黙笙はあれからいつも考えていて、この温かい水のようで清く麗しい詩のような少女が、自分が愛した男性が他の人に「俺の妹だ」と紹介したのをどんな気持ちで聞いていたの?
当初、黙笙が「あなたのお兄さんの恋人です」と、とても図々しく名乗りそれを以琛が反論をしなかった時に、どんな痛みが彼女の心肺を貫いたの?
今、以玫が私を見て穏やかに笑う時、その笑いの中には多少とも人知れぬ辛く悲しい思いがあるの?
ねぇ!以玫、以玫、長い間会わなかったわね。
「黙笙、やっとあなたに会えたわね」
ええ本当に、やっと。
「以琛のお見舞いに来たの?」以玫が聞き、さらに「彼は今、寝ついたばかりで私はこれから彼の家に行くので、もし時間があるなら付き合ってもらえない?彼の生活用品を取りに行くつもりなの」
黙笙はためらった後、すぐに頷いて「はい」
「彼・・・大丈夫なの?」
「大丈夫よ。お医者さんは良く休んで食事に気を付ければいいと言ってる」
「それは良かった」黙笙は低い声で言った。
以玫は言う「本当は早くからあなたを探していたのに、突然会社から外に派遣させられて、眩暈がするほど忙しく働いていて方向を見失っていたのよ。やっとのことで一度戻ってきたら、以琛の病気でしょ。あぁ、やっと”職業婦人”の苦痛がわかったわ」
以玫の話はいくつかの近況に過ぎず道々くどくて煩わしい。
黙笙が言う「あなたがキャリアウーマンの一人になるなんて思いもしなかった」
「あなたもでしょ?あの頃は、いつも学業そっちのけで方々をカメラで適当に撮影してただけなのに、カメラマンになると思いもしなかった」
黙笙は笑いだす「今でもまだ適当よ」
以玫は思わず笑う「もし、あなたのボスがそれを聞いたりしたら必ず腹を立ててしまうわよ・・・着いた。ここよ」
彼女は足を止め、鍵を取り出してドアを開ける。
黙笙は少しだけ立ち止まり、彼女について中に入っていく。
以琛の家は都市の西に位置し、高級住宅区内の12号棟にある。家はとても広いのに、見たところ只のがら空きに過ぎなく余計なものは何一つない。
ただ、テーブルの上に置かれた閉じてない数冊の本だけがこの家に誰かが住んで居るように見せている。
「ここ数年、みんな忙しくて最近偶々会ったばかり」以玫は物を片付けながらおしゃべりをして、冷蔵庫を開けると仕方なく頭を横に振る。「やっぱり何も無い。彼はおそらく世の中で最も自分に関心ない人よ。前回私が来た時、なんとインスタントラーメンを食べる彼が目に入って、我慢できずに彼を引っ張ってスーパーマーケットに出掛けたら思いがけずあなたに出会ったの」
以琛はずっとこんな感じなのか、黙笙には想像もつかなくてわからない。彼には永遠に食べる事よりも大事な事がある。このような人に対しては”あなたが食べないなら、私も食べない”という手段を使ってこそ対処することができる。
「あっそうだ」以玫が突然言う「私、間もなく結婚するの。知ってる?新郎は私の直属の上司で、なかなかのシンデレラストーリーよ」
黙笙はびっくりして彼女の顔を見つめてから「結婚、するの?」
「そうなの。私、結婚することになりました」彼女は笑って頷き、少し溜息を漏らして「昔は我儘だったからあんな話をあなたにしてしまったのよね。後になってようやくわかったの、ある人を手に入れようと争うなんてできない。以琛のことはとっくにあきらめたの」
「どうして?」
「たぶん、私には待つことができないから。彼はほとんど希望のない状況下で、一年又一年と待つことができるけど、私には無理」以玫は沈黙してからすぐに「約3、4年前、以琛は大きな裁判で勝ち、私と彼の事務所の数人とで一緒にお祝いに行き、彼が酔いつぶれたので私が送ってきたの。彼はめちゃくちゃ吐いて私がそれを綺麗に片付けていた時、突然私を抱きしめてしきりに聞いてきたの
”君はどうして帰ってこない?俺は全てを捨てる準備はできているのに、どうして君はまだ戻って来ようとしないんだ?”」
以玫は一度止まり苦笑いをする「もし、私があきらめたこれらの理由が不十分なら・・・私と来て」
彼女は黙笙を引っ張って書斎にやって来て、一冊の本を無造作に取り出すとあるページを開いて黙笙に渡す「これは私が偶々見つけたんだけど、この本だけじゃなくて・・・」
黙笙は茫然と本の中に酷く乱雑に書き写された詩の一節を見た。
乱雑な書き込みからは、筆を取った人が当時どれ程苛立ち苦しみ悶えたかの心の内が想像できた。
「バン」本を閉じ、以玫がまだ何か言っているのに黙笙にはすでに聞こえてこない。
心の中に居る一人の少女の軽快に笑う声が、まるで遥か遠くの時空を超えて聞こえてくる。
「何以琛、あなたは私の名前をまだ知らないでしょ!
私は趙黙笙。趙はそうこの趙、黙は沈黙の黙、笙は楽器の笙。
名前の由来はね、”徐志摩”の詩なの・・・」
悄悄,是離別的笙簫,沉默,是今晚的康橋(静けさは別れの笙と簫、沈黙は今宵のケンブリッジ)
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再別康橋(さらば、ケンブリッジ)
轻轻的我走了,正如我轻轻的来; 軽く僕は去ってしまう 僕が軽く来るごとし
我轻轻的招手,作别西天的云彩。 僕は軽く手を招き
天辺の彩云に別れの挨拶をする
那河畔的金柳,是夕阳中的新娘; その河畔の金柳は 夕焼けの中のお嫁様であろう
波光里的艳影,在我的心头荡漾。 波光中の艶姿の影は ぼくの心中で荡揺する
软泥上的青荇,油油的在水底招摇; 软泥の上のあんずは 油油と水底で振る舞う
在康河的柔波里,我甘心做一条水草! 康桥乃软波の中で
ぼくはむしろ一本の水草になりたい
那榆荫下的一潭,不是清泉, その楡の阴の下の潭水は 清泉ではなく
是天上虹揉碎在浮藻间,沉淀着彩虹似的梦。 天辺の虹が浮游藻の间に散らばり
虹のような夢を沈ませているのだ
寻梦?撑一支长篙,向青草更青处漫溯, 夢探し? 一本の长い蓬を支え
青草の青い奥迄伸びと遡り
满载一船星辉,在星辉斑斓里放歌。 星の清辉を船に満载しながら
星の清辉の中で放歌するのでは
但我不能放歌,悄悄是别离的笙箫; けれど、ぼくは放歌するつもりはない
静かは別離の笙なので
夏虫也为我沉默,沉默是今晚的康桥。 夏虫もぼくのために沈黙している
沈黙こそ今晩の康桥なのだ
悄悄的我走了,正如我悄悄的来; 静かにぼく去ってしまう ぼくが静かに来たる如し
我挥一挥衣袖,不带走一片云彩。 ぼくは袖を揺らし揺らし
一片の彩云も連れていかない
徐志摩の”再別康橋”です
ネットに上がっていたのを引用しました