僕は友人との約束のために、電車に揺れられ一時間かけて街に出た。

特急列車に乗車しても良かったのだけれど、読書をしていれば、あっという間に着くだろうと思い鈍行列車に乗った。

ボックス席の鈍行列車だった。

一人の男子校生が僕の対角線上に座った。

暫くして友人と思われる男の子二人が途中で乗車してきた。

僕の隣と真正面の席は空いているのに、友人たちは座らなかった。

きっと僕がいるから座りにくいのだろう。

彼らは辺り気にせず大きな声で話し始めた。

それは読書をしていた僕の集中力の邪魔をした。

彼らの話し声はどちらかというとわざと周囲に聞こえるように、むしろ聞いてくれと言っているかのようだった。

次の駅で僕の隣に円背の老婆が座ってきた。

若者たちの間をくぐって老婆は座った。

すると彼らは急に静かになった。

僕にとってその老婆は救世主だった。

読書を再開し、ぴったり一時間で目的の街に到着した。


友人も僕とほぼ同時刻に到着していた。

そのまま駅のロータリーへ向かい友人の車へ乗車した。

久しぶりに再開した友人は少しふっくらしていた。

それでも友人の可愛さは損なわれるどころかむしろ増した感じがした。


「お久しぶりです」


「久しぶり。元気?」


「この通り元気です。なんか不思議な感じがしますね。こうやって先輩と地元で会うのは初めてですから」


と友人は微笑んで車を発車させた。


友人というのは僕より少し年下の女性だ。

彼女は僕の職場の後輩なのだ。

と言っても今はもう退職して地元に戻ってきたから、かつての後輩という方が正しい。

彼女は偶然にも同郷であった。

最初はただのいち後輩だった。

ある時、彼女が僕に話しかけてきた。

その言葉がとても印象的だった。

それ以来、僕は彼女と親しくなったのだ。

彼女は僕に『この音楽は何色だと思いますか?』と突然聞いてきたのだ。

唐突だったけれど、僕は驚きもせず『紫色』と言ったところ彼女も同じ色だと言った。

どんな音楽かは覚えていない(確かジャズだったような気がする)。

普通の人ならちょっと変わった娘だと思うだろう。

でも僕にとっては何かがカチッとジャストサイズではまる感じがした。

まるでパズルの最後のピースがきっちりはまるように。

それ以来、僕は彼女に親しみを感じるようになっていった。

しかし男女の関係というものは一切なかった。

彼女に恋愛感情を抱いたことは一度もない。

でも何故か不思議と僕を惹きつけるエネルギーのようなものがある。

それに彼女といるととても落ち着く。

こういう風に言うと、一般的に恋愛に発展していく気がするが、それが彼女に対してはないのだ。

それは、彼女が女性として魅力的でないとかそういうことではない。

彼女のような容姿を好きな人はいる。

実際に恋人もいるし、彼女を狙っていた人物も知っている。

僕にとっては『キーパーソン』という言葉が一番しっくりくる。

それはマヤ暦の占いでいう『ガイド』という存在に値するのかもしれない。

彼女は僕を喫茶店へと連れて行ってくれた。


にぎやかな駅周辺を通り抜け、丘の上へ登っていった。

閑静な住宅街でモダンな家々が立ち並ぶ。

最近発展してきた地域なのだろうか。

そしてこのあたりは裕福なのであろう。

家々のサイズや造り、庭や車庫にある車からも大体その家庭の年収というものが推測できる。

彼女の運転で僕らはどんどん丘の上へと昇っていった。

このあたりに喫茶店なんてあるのだろうかと疑う。

車を所有していないと行けない距離だ。

この暑い夏の中、歩いてこの丘を登る人なんていないだろう。

歩いて昇ることを想像してみたが、それだけで熱中症になりそうだった。

そんな風に頭の中で考えていると彼女が口を開いた。