今回も訪問してくれてありがとう。
こはくです。
贅沢したいわけじゃない。
なのに、なぜか罪悪感がある。
そんな感覚、身に覚えはありませんか。
鳩サブレをもらって嬉しかった。
その先に見えてきたのは、小さなモヤモヤでした。
節約疲れとは?鳩サブレをきっかけに気づいた小さな違和感
先日、鎌倉に住む友人から鳩サブレをいただきました。
鎌倉には鳩サブレで有名な豊島屋本店があります。
私も鎌倉に行くと必ず立ち寄ります。
本店限定のグッズを見るのも楽しみのひとつ。
気づけば紙袋を提げて帰る、そんな場所です。
友人からもらった、あの黄色いパッケージ。
8枚入りの箱を見た瞬間、テンションが上がりました。
ふたを開けてハトの形を確認。
「やったー」と顔がにやけます。
けれど、ふと我に返りました。
こんなに好きなのに、自分用に買ったことはあっただろうか、と。
自分では買わない理由を、あらためて考えてみた
考えてみると、答えは「ない」でした。
お土産としては何度も買っています。
でも、自分のために買ったことは一度もない。
よく考えると、結構な矛盾だと思うんですよね。
最初に浮かんだ理由はこれでした。
「お土産にあげるもの」というイメージ。
でも、もう少し掘り下げてみる。
すると、別の理由も見えてきました。
最近、自分のための小さな贅沢を選ぶことが、減っている気がします。
物価高の影響かもしれません。
節約疲れが生む「罪悪感」の正体
節約はそれなりに頑張っているつもりです。
なのに、心のどこかにモヤモヤが残る。
そんな感覚を、最近よく感じます。
これは私だけではないと思います。
「節約疲れ」と呼ばれる現象かもしれません。
家計を守るために工夫しているだけ。
なのに、自分を追い詰めているような感覚です。
スーパーで値札を見る癖、実はサインだったのかも
たとえばスーパーでの買い物。
以前は気にせず選んでいたお菓子。
今は値札をチラ見して、一呼吸置きます。
「これくらいいいか」のハードル。
それが、じわじわ上がっている気がします。
物価高、地味に効いてます。
生活必需品の値上げが続いています。
無意識に「使っていいお金」の基準を厳しくしているのかもしれません。
誰かにあげる物は選べるのに、自分には厳しくなる不思議
面白いことに気づきました。
誰かにあげるものは、気前よく選べます。
でも、自分に使うお金には一瞬ブレーキがかかる。
プレゼントは「ちょっといいもの」を選べます。
自分用だと「本当に必要?」と厳しい審査員になる。
この二重基準、私だけでしょうか?
別に贅沢したいわけではないんです。
ただ、一瞬でも計算してしまう自分に虚しさを感じました。
こういう小さな罪悪感。
意外と積み重なるものだと思います。
節約は悪いことじゃない、けれど心は正直
節約はいいことだよね?
家計を守るための大切な工夫です。
頑張ってきたこと自体は、誇っていいはずです。
ただ、頑張っているつもりです。
なのに、報われている感じがしない。
むしろ我慢の総量だけが増えているような感覚があります。
それが、正直なところです。
SNSのせい?
楽しそうな投稿ばかりが目に入ります。
「自分だけこんなに我慢しているのでは」と、ふと孤独を感じます。
頑張っている自分を、否定する必要はないと思います。
ただ、その頑張りに少し余裕をあげてもいいのかもしれません。
友人にもらった鳩サブレ。
とりあえず、ありがたく完食しました。
おいしかったです。
それはそれ、これはこれ、だと思います。
みなさんは、こういう「もらうと嬉しいのに買わないもの」ってありますか?
それを気軽に選べたら、と思ったことはありますか?
よかったら、コメントで教えてください。
- 鳩サブレをお土産で貰うと嬉しいのに自分では買わない理由
- 節約疲れは、頑張っている人ほど感じやすい
- 「買えない」という罪悪感は、一人だけの感覚じゃない
今日も読んでくれてありがとう。
こはく
Akina is the one and only singer I will love forever.
本日の一曲「FAKE」


