今日は加古川周辺の西国街道を歩きました。西国街道についてネットで情報を調べてみました。
「西国街道は、江戸時代における街道の1つであり、近世山陽道の別名である。京都から下関、あるいは九州の太宰府までの経路で、律令時代に大路として整備された「山陽道」とほぼ一致する。 狭義の西国街道として、同街道のうち京都 - 西宮までの区間、あるいは同じく山陽道として西宮 - 下関の区間を指すこともある。」
「西国街道は、古代から中世まで京都と太宰府を結ぶ唯一の大路として文化の大回廊でした。また、西国の諸大名の参勤交代や長崎奉行、幕府代官などが往来する道として、五街道(東海道・中山道・日光道・奥州道・甲州道)に次ぐ重要な位置を占めていました。」
京都駅から太宰府天満宮まで西国街道を歩くと、グーグルマップでは617㎞もあります。今、「光る君へ」のドラマで、紫式部が平安京から太宰府まで来ているのですが、片道600㎞を歩いているということです。芭蕉も、江戸から伊賀、そして大阪へと500㎞を幾度となく歩いています。勿論、江戸からの多くのお伊勢参りの人達も歩いています。昔の人達は、長い距離の歩き旅をしていたのだなと、つくづく感じています。
西国街道の道標
西国街道
車も少なく、歩き安い道です
♫ 待宵草(まつよいぐさ) ♫