♪「遙かなる恋人へ」が流れ始める部屋。
スマホの待ち受け画面のヒデキを見ながら刺繍を刺しているすみれ(芳根京子さんで)。
「ヒデキ…」今のところ綺麗に刺せている。
すると、リビングで父(関根勤さんで)と姉(杏さんで)の言い合う声が聞こえてきた。
「ちょっと、またなの?!」すみれが呆れて声をかける。
「おう、俺がトイレ行ってる間にチャンネルかえやがってよ」
「ちょっとこれのロケ地確認してるだけよ。撮影したら戻すわよ」
「なんだ、ビデオかよ。後でやれよ。全く、またヒデキなんだろう、時代劇なんてやれるのか?」
「あら!お言葉を返すようですがね!」
すっくと立ち上がる姉、背が高いので威圧感がある。
「『独眼竜 正宗』ね!あれって、始めはヒデキにオファーが来てたんだからね、それを断ったもんで渡辺謙が演ったんだから!」
「ホントかぁ~??信じられねえ」
「このドラマもね、柳生十兵衛と言えば千葉真一の当たり役なのに、“西城クンに譲るよ”って言ったそうよ」
「な、なに?!千葉ちゃんが?!」
千葉真一というワードに反応する父。
「おい、今度最初から見せろよ!」
その夕方、姉と買い物に出掛けている。
単身赴任していた父が退職と共に家に戻り、入れ替わるようにテレビ局勤務の姉がフランスに赴任することになったのだ。私もデパートの子供服売り場の一角を任されているが、姉との生活に頼りきっていた。
「来週のオフ会はお姉ちゃんの送別会ね」
「何言ってんの、あっちでもリモートで参加するわよ」
「マスターの娘さん、お孫ちゃん連れて来るって言ってたよね」
「すみれ、ヒデキじるしのおくるみ出来たの」
「うん、頑張る」
「ふふ、ヒデキ博士ちゃんになるかもね」
父の誕生日プレゼントとケーキ、夕飯のステーキを抱えて帰る。歩くのも速い姉に少し遅れがちだか、すでに明るい満月がのぼり、ついスマホにおさめるすみれ。
待ち受けのヒデキを見つめて、「フランスは遠いよね…」
「すみれ、何してんのー?」
「♪ローラ~、モナム、モナミ…」歌いながら追いつく。
エンドロールと共に「めぐり逢い」オルゴールバージョンが流れる。