はじめまして!
Q太郎といいます。
これから、私自身が感じたスポーツの楽しさ、喜び、疑問、不満等々を
素直に書いていけたらと思います。
よろしくお願いします。
早速、第1回目ですが、なぜ私が「スポーツ」をテーマに文章を書きたいと思ったか?
自己紹介のつもりで書いていきます。
私が今まで生きてきた中で、そしてこれから生きていく中できっとあの人を越える
存在のアスリートは現れないという人物がいます。
競泳の千葉すず(現姓:山本)です。
1991年世界選手権において女子400m自由形で銅メダルを獲得。当時15歳でした。
期待された1992年のバルセロナ五輪では200m、400mで入賞を果たすものの、
岩崎恭子の金メダルの影に隠れ悔しい思いをしました。
1996年のアトランタ五輪では女子チームのキャプテンとして挑みましたが、
200m、400m共に決勝進出を果たすことが出来ず、プールの外では
「オリンピックを楽しみたい」という発言が問題となり、嵐のようなバッシングが
彼女に投げかけられました。
アトランタ五輪後に発行された、「スポーツグラフィック ナンバー」(平成8年9月12日号)の中で
興味深い記事がありました。
永井洋一氏が書いたコラム「有森裕子と千葉すずの明暗」から一部抜粋して
紹介したいと思います。
『~有森は当時の日本最高記録2時間28分1秒をマークして、大阪国際女子マラソンを
2位でゴールした。ゴール後、感涙に咽ぶ有森に小出氏は言った。
「泣いてなんかいたら、見てる人は走ることが辛く苦しいものと思うじゃないか、
涙なんか便所に流してこい。そして思い切り笑って、いい笑顔を見せて、
走るってこんなに楽しいんですってことを見せてやれ」~(中略)~走る楽しさ、
愛されるランナー・・・日本中を魅了した笑顔を見て私は、「小出イズムここに完結せり」と
思った。』
コラム後編では、千葉すずについてこう書かれていました。
『~客観的に見よう。自分のベスト記録から秒単位で遅れて、楽しめたとは考えにくい。
~(中略)~しかし彼女は頑なまでに「楽しめた」と言う。私には、彼女が自分の行動全てを
通して、自分を道具にしてきた全ての人物、組織に健気に反旗を翻しているように思えて
ならない。~(中略)~「楽しむ」はスポーツの基本中の基本である。それを前面に押し出す
ことに何の異論もない。しかし、今回の千葉の「楽しむ」の向こうには、握り拳が見えたような
気がする。多分、それは本人も承知のことだろう。しかし、何かアクションを起こさずには
いられない・・・。その手段が「楽しむ」の連発という形になったのではないか。~(中略)~
千葉に、泳ぐことを喜び、心底楽しむチャンスを与えたかった。小出氏のような人物との出会い
があったなら・・・とも考えてみた。』
文章を読んで、涙を流したのはこのときが初めてでした。
当時14歳だった私はこのコラムを読んだ時、「文章を書きたい」と思うようになりました。
千葉すずが言った「楽しむ」という言葉の意味は、へらへらしながらピクニック気分で
オリンピックに挑むという意味ではありません。人一倍感受性の豊かな彼女は、
愚問を投げかけるマスメディアに対して容赦なく反骨心をむき出しにしました。
また、彼女は自分なりのやり方で高校生主体の若い競泳日本チームの緊張を
和らげようとしたのです。
1998年、千葉すずは一度現役を退きます。
しかし、1999年の日本選手権で鮮やかなカムバックを果たします。
100m、200mの日本新記録更新という驚異的な記録を打ち出したのです。
それは、再びオリンピックで泳ぎたかったから、きっとオリンピックのプールに
残してきた大事なものを取りに行くためだと私は思いました。
だからこそ、何があっても、この選手にはシドニーのスタート台に立ってほしかったのです。
シドニー五輪の選考会を兼ねた2000年の日本選手権では200m自由形で優勝。
千葉すずの3度目の五輪出場は確実と思った矢先、飛び込んできたニュースは
「千葉すず、落選」という現実でした。
200mでA標準記録を突破していたのにも関わらず、代表には選考されませんでした。
不透明な選考劇は日本水泳連盟の「千葉すず外し」が水面下で進んでいたと
言わざるをえないものでした。
その後、千葉すずはシドニー五輪代表の選考を不服とし、スポーツ仲裁裁判所(CAS)に
日本人として初めて提訴しました。
その結果、五輪出場は絶たれたものの、CASの見解として日本水泳連盟の選考基準の通知が
適切でなかったと発表されました。
現在の競泳界は世界基準での厳しい選考会が行われています。
その意味で、千葉すずの残した功績は大きいものと言えます。
アトランタ五輪の後、マスメディアは千葉すずに怒涛のごとくバッシングを浴びせました。
シドニー五輪選考会の後、マスメディアは千葉すずを「悲劇のヒロイン」にまつりあげ、評価を一気に
押し上げました。
一体、彼女の本当の言葉を汲み取ることができたマスコミ人はどのくらいいたのでしょうか?
私はいつも「楽しむ」って何だろう?という疑問を自分自身に問いかけてきました。
初めてキャッチボールをする時、初めてサッカーボールをゴールに入れた時・・・
子供の時にはたったそれだけのことがものすごい楽しみとなっていたはずです。
それが、スポーツ少年団であろうと、高校の部活動であろうと、市民大会であろうと、
オリンピックであろうと、スポーツの純粋な「楽しさ」は潜んでいるはずです。
でも、スポーツの世界において「楽しむ」ということは与えられるものではなく、
自らで勝ち取るものです。
千葉すずというアスリートが「スポーツを楽しむ」という意味を考えさせてくれました。
千葉すずがプールにいた時代に生きていて良かったと思います。
スポーツが「楽しい」と思えるそんな瞬間に出会うために、このブログを始めようと
思います。
時には長く、時には短く、時には真面目に、時にはカジュアルに文章を書いていけたらと
思っています。
よろしくお願いします。


