2日目、目を覚ますとすぐに宮島へ向かいました。
広島市内から電車とフェリーを乗り継いで、1時間ほど。
移動中はずっと窓の外を眺めていました。
道路の上を走る路面電車。
地下の暗闇を抜けるのではなく、街の風景を纏って走るその速度が、なんともロマンティックでした。
ガタゴタという振動さえも、旅のBGMみたいで。
フェリーで島に入ると、新年の参拝客で賑わっていました。
でも潮の香りは清々しく、人々の表情には新年の高揚感が滲んでいました。

まずは腹ごしらえ。
前日の立ち飲みで出会ったおじさんに勧めてもらったお好み焼きと牡蠣を食べに行きました。
韓国でも食べたことのなかった牡蠣を、広島で初めて口にしました。
「美味しい」という単純な感動というより、確かめるような気持ちでした。
ぬるっとした食感のあとに広がる、海の香り。
だから広島の牡蠣は有名なんだと、思わず頷いてしまう味でした。
お腹を満たして、厳島神社(いつくしまじんじゃ)へ向かいました。
神社の内部よりも、海の上に立つ大鳥居(おおとりい)が見たかったのです。

実際に目の前にした鳥居は、圧倒的でした。
ちょうど干潮の時間で、海水が少しずつ引いていました。
京都の伏見稲荷(ふしみいなり)が、終わりのない道を歩きながらどこかへ「辿り着かせる」感覚だとすれば、ここの鳥居は大きな窓のようでした。
この世界と別の世界をつなぐ扉。
その赤い柱の間に、海と空が一枚のフレームに収まっていました。
人混みが苦手でグーグルマップを開き、近くの大聖院(だいしょういん)へ向かいました。
即興の選択でしたが、結果的には大正解でした。

境内に足を踏み入れた瞬間、思わず笑ってしまいました。
参道沿いに並ぶ小さなお地蔵さんたちが、毛糸のニット帽をかぶっていたのです。
誰かの手で丁寧に被せられた帽子たち。
冷たい石が、その温もりのおかげで生きた表情を持っているように見えました。
500体ものお地蔵さんに見守られながら歩いていると、空から白いものが舞い降りてきました。
雪でした。
大阪より南にある広島だから、すぐやむだろうと思っていました。
しかし、考えが甘かったです。
山を下りる頃には雪は本降りになり、神社の近くに戻ってくると吹雪になっていました。
風も強くなり、逃げるように近くのカフェへ飛び込みました。
温かいコーヒーを飲みながら窓の外を眺めましたが、雪は止む気配がありませんでした。
遅くなるとフェリーが終わってしまうかもしれないと思い、再び外へ出ました。
「気をつけてください。」
カフェのスタッフの、心配そうなひと言。
前日の立ち飲みでも、今日のカフェでも。広島の人たちは別れ際に、必ず心の欠片をひとつ手渡してくれます。
市内に戻り、夕食を食べにお好み村(おこのみむら)へ行きました。
偶然なのか運命なのか、入った店がまた昨日と同じ系列の店でした。
同じユニフォーム、同じメニュー。苦笑いが出ました。
3回連続同じブランドとは、もはや自分の好みがそっちなのかもしれません。
軽く食べてから、本当の目的地であるバーへ向かいました。
Bar Alegre。入口が見つからず、しばらく迷いました。
壁についた、腰の高さくらいの小さな扉。
「まさかここ?」と身をかがめて入ると、全く別の世界が広がっていました。
長い髪に髭を蓄えたマスターは、映画から飛び出してきたような佇まいでした。
落ち着いた声で好みを聞かれたので、アルコール度数が低めで甘いお酒をお願いしました。
出てきたのは、シグニチャーという「抹茶ウイスキーシャワー」。
グラスではありませんでした。
お酒を飲む時に使う四角い木の器、枡(ます)に入って出てきました。
木の香りと抹茶の苦み、ウイスキーの風味がなめらかに混ざり合っていました。
お酒が得意でない僕でも、ゆっくり味わえる味でした。
客が引いた遅い時間、マスターとスタッフの方と長い話をしました。
韓国が好きだという二人は、僕が行ったこともない韓国のバーリストを見せながら目を輝かせていました。
日本3大ウイスキーの中では響(ひびき)が一番だという、マスターの推薦。
次は必ず響を一本買って帰ろうと心に決めました。
閉店まで居座って出てくる道。
見送られながら歩く平和大通り(へいわおおどおり)には、イルミネーションが瞬いていました。
春には桜、夏には花火、秋には紅葉、そして冬には光。
日本は季節ごとに夜を彩る術(すべ)を、本当によく知っている国だ。
吹雪の島と、温かかった木の器の温もり。
広島の2日目は、そうして幕を閉じました。
