えっ!?もう終了???早くないか!?と当事者以外は感じるようで、
事実、数多くの人から指摘された。
実際に携わっていた自分からすると、決して早くは感じていないのだが。

思い出せば、広島に出張に行くようになったのは7月頃から。
そこから1ヶ月で広島駐在の話になり、広島への出張を毎週繰り返しているうちに、
気付けば「滞在」していた。それが、8月中旬。
そこから約2ヶ月。

オフィス探しから始まった広島業務。
オフィスの立上げ(契約)~住処の確定、そして本来の滞在の意味である仕事の開始。
まさに台風のように大きな風を広島に巻き起こし、
2ヶ月で仕事を切り上げて何事もなかったように、広島を後にした。
お客さんからは「黒船」と、当初は呼ばれていたが、最後の惜別の際は、
「まさか、ここまでやるとは思いもしなかった」と感謝された。
営業として、お客さんから感謝される事は営業冥利につきる、最高の言葉であった。

広島での最終営業日を前日、2ヶ月を共に過ごしていた同僚と、
最後の晩餐をとった。それも、いつもお世話になった会社の目の前にある、「すき家」。
瓶ビールを杯し、今までの怒涛の業務を互いに振り返った。
二人しか居ない事務所で二人しか居ないで行う業務。
昼飯も夜飯もいつも共にして過ごしていた。
なんとなく最後の食事は思い出にふけり、悲しい食事となった。
本来であれば、達成感に満ち溢れた食事のはずであるが・・・。

なぜ、悲しい食事になったか・・・。
それは2点のポイントがある。
1点は広島という街。自分なりに凄く住みやすい街で、たった2ヶ月ではあるが、
愛着が沸いていた。単に情深い人間なのかもしれないが、
街との別れ・出会った人達との別れが悲しかった。
2点目は、与えられたミッションである業務では大成功であったが、
会社としてのビジネスの観点で捉えると、大きな赤字となり、大失敗であった。
その赤字を最初から覚悟はしていたが、自分自身としては黒字に転換するつもりでいた。
しかし、黒字には大きく届かず。
そのため広島撤収!というのが、今回の滞在終了の本来の意味かもしれない。

一個人として、更にはサラリーマンの営業として、
責任を全うできなかったのではないかと、情けなくなった。
そのため、最後の晩餐も気分が上がることなく、終了してしまった。

しかし、一個人として、今回の広島滞在(プチ転勤)を振り返ると、
とても良い人生経験ができたと感じている。
一人暮らしは初めてではないが、久々に一人の空間を過ごした。
更に、友人も・同僚も居ない地で、新たなビジネスパートナーを組み、
新たな業務を展開した。
きっと、仕事で東京以外の地方に飛ぶ事って、容易に経験できるものではない。
その経験を30歳を前に出来た事は、会社に感謝したいと思うし、
この経験を基に、仕事に・そしてプライベートに活かしていきたい。