教育における「問い」の質は、今まさに大きな転換点を迎えている。現代社会は複雑化し、変化の速度も速く、将来を正確に予測することが難しくなっている。このような時代において、従来のように決められた知識や正解を身につけるだけの教育では、十分に対応できなくなっている。
その根本的な理由は、人間の脳の外に、AIという巨大な「外部脳」が出現したことにある。知識の検索、計算、分析、過去事例の整理といった作業は、すでにAIのほうが人間よりも速く、正確に行える。年号や公式、定義、業務手順、成功パターンといった「正解」は、覚えておかなくても、必要なときにAIが即座に提示してくれる時代になった。
この状況において、「正解を知っていること」や「正しく再現できること」を中心に据えた従来の教育を続ける合理的な理由は、もはやほとんどない。重要なのは、正解そのものではなく、それをどう使うか、どの正解を選ぶか、そもそも何を問うべきかを考える力である。
これからの教育で人間に求められる役割は明確だ。それは、自ら問いを立てること、物事に意味や価値を与えること、そして正解のない状況で判断し、決断することである。AIは与えられた問いに答えることはできるが、何を問い、なぜそれを問うのかを決めることはできない。この部分こそが、人間に残された本質的な役割である。
教育のあり方も、「答える力」から「問う力」へ、「再現する力」から「探究する力」へと転換していく必要がある。学校教育における例を挙げると、次のような変化が考えられる。
学校教育における例として、算数・数学では、従来は「5×4=?」のように決められた計算をして唯一の正解を導く授業が中心だったが、これからは「答えが20になる問題を自分たちで作りなさい」といった課題を通して、状況設定や表現方法の工夫、複数の作り方の比較などを行う学びが重要になる。歴史では、「関ヶ原の戦いは何年か」という史実の暗記に偏りがちだった授業を、「もし西軍が勝っていたら、日本はどうなったか」という問いに置き換えることで、当時の背景や因果関係を踏まえた仮説思考や根拠に基づく説明を促すことができる。理科では、「教科書通りに実験結果をまとめる」という確認型の学習だけでなく、「この現象を証明する実験を設計しなさい」という問いによって、仮説の設定、実験計画の立案、実行と検証、改善という探究のプロセス全体を経験させることができる。
このように、学校教育における問いを変えることで、子どもたちは単なる知識の受け手ではなく、自ら考え、探究する主体へと変わっていく。答えが一つに定まらない問いに向き合う経験は、多様な視点を持つ力や、論理的に考え、他者と対話しながら理解を深める力を育てる。
この考え方は、学校教育にとどまらず、企業教育にもそのまま当てはまる。マニュアルを覚え、前例通りに動く人材よりも、課題そのものを定義し、AIを活用しながら複数の選択肢を検討し、正解のない状況で意思決定できる人材が、これからの社会では求められる。企業における教育も、知識を教え込む場から、問いを鍛え、判断力を育てる場へと進化する必要がある。
問いの質を重視する教育は、自ら考え続ける力、多様な視点を持つ力、他者と協働して最適解を導く力、未知の課題に挑戦し続ける力を育てる。これらは、AI時代において人間だけが発揮できる能力であり、変化の激しい未来社会を生き抜くために不可欠な力である。
AIという外部脳が常にそばにある時代に、教育の目的は「正解を教えること」ではなくなった。正解があふれる時代だからこそ、何を問うかが人間の価値を決める。学校教育も企業教育も、この前提に立ち、「問いの質」を中心に再設計していくことが、未来に向けた最も現実的で、人間的な選択と言えるだろう。
