平石古墳群について
平岩古墳群は、ここ第四号墳を最大として六基の円墳から構成されており、守木・平石と一部は田京・北山に分布しています。
(この六基とは別に、昭和40年代の前半まで、現在の立花三丁目となっている台地上には、少なくとも数基の古墳が存在していたようです。)
昭和5年(1930)に刊行された『静岡縣史』第一巻によれば、この第四号墳は、大正5年(1916)3月、道路修復工事の際に発見されたといいます。
当時、古墳の一部が発掘されて、羨道部(石室への入口付近)から須恵器類、石棺内から刀身が出土したといわれます。それらの遺物は、東京国立博物館と随応寺(守木)に保管されています。
昭和47年(1972)の8月から9月にかけて第四号墳の本格的な調査が行われました。
その結果、直径約14m、高さ約3mの円墳で、横穴式石室の内部には、変形の家形石棺とも呼ぶべき組合せ式石棺が内蔵されていることが分かりました。
出土した刀身や鉄鏃、須恵器などの遺物から、構築時期は7世紀の中頃であると思われます。
平成29年1月 伊豆の国市教育委員会
(現地、説明板より)
住所:静岡県伊豆の国市立花3-26
特徴:
撮影:2023年5月21日