境野長者塚古墳
名称 古墳長者塚(古くは八幡塚)
形式 円塚(円墳)
構造 横穴式石槨(石室)
築造 1430年前
遺跡の中に八幡太郎義家の金の姿がかめに入っていた。このお姿を明治2年に発掘、かめは現在も残る。
桐生市社会教育協会
桐生市文化史談会
平成7年10月
源義家(みなもとのよしいえ 1039~1106)
平安時代末期のもっとも有名な武将。源頼義の長男で、八幡宮の社前で元服し八幡太郎と称した。
前九年の役に安倍貞任を討って武名をあげ、やがて陸奥守鎮守府将軍となった。
後三年の役では彼は私財を投じて部下をねぎらい人望を集めた。
こうして彼は天下第一の武勇をうたわれた。彼は諸国の守を歴任し、正四位下に上がり、院の昇殿も許された。
(現地、説明板より)
浜の京長者塚古墳
円墳
直径約10m・高さ約2mの円墳で、墳丘上に八幡宮が鎮座する。
両袖型の横穴式石室が遺存している。
『上毛古墳綜覧』掲載:桐生市8号古墳
(古墳マップ https://kofun.infoより)
住所:群馬県桐生市境野町7-153
特徴:
撮影:2022年5月7日