今更ながらですが…

新年明けまして(明けました?)おめでとうございます富士山

2016年。申年。
ウッキウッキさるする1年になるといいですねバナナ!よし!絶好調!←

さて、大分前ではありますが、入籍までの道のり(カミングアウト前編)で終わっていたので、今回はその後編を書きたいと思います~!


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私の母には旦那のことを一人のひととして見て欲しかったのでカミングアウトは慎重に行おうと思っていました。なのでまずは、FTMということは言わずに会わせてみました。

初めてあったのは2年前の夏(つまり付き合ってから1ヶ月後ぐらい)。
花火大会に行くのに着物が着たくて、でも男性の帯の結び方が分からず、それを母にお願いしたのがきっかけでした。
帯を結ぶ作業は身体に触れるので正直ハラハラしましたが、特になにもなく、むしろ「股ずれに気をつけてねー!」なんて言われてました笑




母と二人で中華屋で晩御飯を食べていたある日。

母「Sくんと上手くいっているみたいだね。彼の仕事も安定しているし、結婚しちゃえばいいんじゃない?笑」

け っ こ ん ???!!!!

当時の私は結婚なんてことも考えていなかったのでその選択肢の登場と、母の口からその言葉が出てきたことに驚き…驚き
そしてそのことを旦那に話したら、「俺はJerichoとことは長い目で見ているし、ゆくゆくはそうなったらなぁとは思っているけど」という返事にさらに驚き驚き驚き

もちろん今までもこの人とずっと一緒にいられたらな❤️とは思ってきていましたが、「結婚」となると現実味はありませんでした。

自分自身のセクシャリティがバイセクシャルということで、将来のパートナーによって法律上の結婚ができたりできなかったりするのかと分かってから、結婚は無縁のもの・夢物語だと感じていました。私は法律上の結婚をしようと思えばできる人ですが、「法律上の結婚=男女」という男女論に屈したような感じがしてどうも結婚には抵抗がありました。(まじ捻くれものー。。)

「結婚話」も出てきたので母に旦那のこともきちんと伝えないといけないと思い、母といつも通りリビングで会話していたとき旦那の話になったらからその流れでカミングアウト。驚いてはいましたが拒絶反応はなかったし、「だから着物を着付けていたとき、腰回りがシャープだなぁって思ったのよ!」と納得していました。

そのカミングアウトから私に対しても、旦那に対しても特に態度は変わることはありませんでした。

そんなこんなで月日は流れ、私たちのお付き合いも順調(遠距離辛かったけど泣)。
その年の年末年始には旦那の性別適合手術がありました。いつもお世話になっている健斗さんが現地にいらっしゃったのでそこは安心でしたが…

でも、本っっっっっっ当、心配でした。心配で心配で仕方がありませんでした。年末年始?なにそれ?美味しいの?状態でした。
手術が無事成功したと連絡あったときは本当に嬉しかったし、帰国したときはうれしすぎて一瞬たりとも旦那から離れようとしませんでした。

そんな経験を通して、旦那の存在の大切さが身にしみり、私がこの人を守りたいと強く思うようになりましたsao☆ハート

帰国して間もない1月中旬。旦那の家に宿泊していた日。夜寝ようとしていたとき、ごそごそっとし始めた旦那。「俺と結婚してくれる?」と指輪が。

え・・・・????
これは・・・・????
もしかして・・・・・????
プロポーズですか・・・・・???


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「入籍までの道のり」シリーズも大詰めです…!
ここからが闘いでした…!

余談ですが、実はこのプロポーズの日をお互いにきちんと覚えていなくて、去年の手帳やら写真やらを見て思い出していました。笑
旦那も無計画プロポーズすぎたのでしょうね。
みなさんは計画的することを勧めます!笑


ハートJerichoハート