「…きさん…」


「笹木さん?」

ハッと我に返ると尚真くんが心配そうにこちらを見つめていた。

「あ、ああごめんね。ぼーっとしちゃったね。」


少し横にずれて食器を整え始めると、彼はカウンターからこちらに身を乗り出してこう言った。


「…僕もコーヒーいれてみてもいいですか?」







「そう。ゆっくり回し入れるの。」

お湯を注ぐ彼の腕は思いのほか逞しくてさすがは体育会系だと思った。



僕は、何がしたかったのだろう…

全てが整い過ぎていてよくわからなかった。

もう一度やり直せるのなら…。



「僕は、君くらいの歳に戻りたいな。」

今日はやけに感傷的に。


「どうしてですか?」 湯を注ぐそこに意識を集中させながら問う。


「なんでだろう。君を見て羨ましく思ったのかな…。」

まるで君に責任があるかのように。


「そうですか?」 彼はあっけなく答える。




「上手くできたね。」

時間の掛かり過ぎてしまったコーヒーだけど。


「やった。なんか嬉しいな。」

違いがわかるから面白い。



ふいに聞くけど…

「君は将来何になりたい?」



一瞬の間を伴い、彼はまたえも言われぬ言葉を口にした。


「僕は、笹木さんのような人になりたい。」
我ながら情けないと思う。



青春真っ盛りの少年にいっちょ前にアドバイスしておいて、自分はそれほど世の中を知らない。


兄と姉のいる三人きょうだいの末っ子として生まれ、高級インテリア家具輸入会社を営む父の元で
何不自由のない生活を送ってきた。

父の後見人は兄たちに任せ、自分は好きな様に生きてこられたのだ。


コーヒーショップを開くにあたって資金面で困る心配は全くなかったし、何しろ家具は地味ではあるが
超一級品を揃えられる。


立地条件も悪くないし、住んでいる人も良い人たちばかりだ。

そんなこんなでこれまでの人生、ほとんど順調に生きてきてしまった。


恋愛もそれなりにしたけどそこまで真剣に考えたこともなく。ここ10年近く悠々自適に1人暮らし。



刺激が欲しいなんてそんな極端なことは言わない。
ただ もう少し 

自分に熱意の持てるものが見つかればな、と思っていた。
結局尚真くんは、お付き合いをOKしたものの 呆気なくフラれてしまった。


理由は時間の不一致。

彼はサッカー部に所属していてそれほどが時間が取れない。一方、
彼女は好きな人との時間を多く取りたいと考えていたようで、
だんだんと不満が募っていったのだそうだ。

「しょうがないじゃん。」と弁解したら、

「ちっとも時間を合わせてくれない。」と言われ、
相手から告白されたのにもかかわらず結局断られてしまったとの事だった。



「だってしょうがないのに…。」 彼は明らかに傷ついている。


「そうだね。」
僕からの反応は極力抑える。



「笹木さん…」

悲しげに声を出す。

「僕、これからいい恋できますかねぇ…。」


ハアッと脱力して話は終わるはずだったのに、僕は思わず余計な一言が出てしまった。

「いい恋ってどんな恋なんだろう…」




閉店間際の7時16分。

人を魅了させる香りを立ち昇らせながら僕は今までの自分の人生をふと振り返っていた。